今月のイチオシ本 デビュー小説 大森 望

『ルビンの壺が割れた』
宿野かほる
新潮社

『ルビンの壺が割れた』は、覆面作家・宿野かほるのデビュー作。版元の新潮社が2週間限定で全文をネット上に無料公開し、読者からキャッチコピーを募るキャンペーンを大々的に展開し、刊行前から大きな話題を集めていた。

 もっとも、僕が思わず読んでしまったのは、書評用に送られてきたゲラに添えられていた担当編集者の挨拶文が強烈だったから。いわく、とにかく読んでみてほしいと同僚から渡されたファイルを編集部で印刷。プリンタから出てくる紙を立ったまま読みはじめたところ止まらなくなり、「気付いたら、プリンタの横ですべてを読み終えていました。数メートル先のデスクに戻ることも忘れるくらい、本当に熱中していたのです」。

 ワンシッティング(座って本を開いたとたん夢中になり、一気に読み終える)という言葉はあるけど、ワンスタンディングというのは初耳。座るのも忘れるって、いったいどんな小説?

 と思って読みはじめると、小説の中身は、男女2人がフェイスブック上でやりとりする文章のみ。「突然のメッセージで驚かれたことと思います」で始まった何気ない対話がしだいに妙な方向に進みはじめ、物語は二転三転、最後はとんでもないことに。わずか150ページということもあって、ワンスタンディングはともかく、ワンシッティングで一気に読み終えられるのはまちがいない。

 題名の・ルビンの壺・とは、向かい合う2人の顔にも大きな壺にも見える多義図形。その手の図形をメタファーに使ったミステリーとしては、道尾秀介の『ラットマン』や『球体の蛇』が先行するが、本書の特徴はどんでん返しのあざとさを極限までつきつめたところ。その分、いろんなもの(リアリティとか人物の陰影とか)が犠牲になってますが、一発芸としては面白い。ちなみに前述のキャッチコピーコンテストには全6015件の応募があったそうで、5件の優秀作が公式サイトに発表されている。その中から僕が選ぶベストは「割れ物注意。」。でもやっぱり、担当編集者の「立ったまま読み終えてしまいました」には敵わないか。

(文/大森 望)
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