採れたて本!【デビュー#29】

ベテラン作家でもなかなか短編集が出なかったひと昔前がウソのように、最近は短編集が花盛り。短編集で単行本デビューを飾る新人作家も増えている。昨年でいえば、坂崎かおる『噓つき姫』や八潮久道『生命活動として極めて正常』がそれに当たる。今回紹介する『すべての原付の光』も、天沢時生のデビュー単行本となるハイレベルなSF作品集。2018年から2022年にかけて、〈SFマガジン〉などに発表された5編を収録する。
巻頭に置かれた表題作「すべての原付の光」は、前代未聞のヤンキー×バカSF。街一番の暴走族チーム『神威クラッシュ』が「原付狩り」で拉致してきたイキり中学生を巨大な特攻機械に放り込み、鉄砲玉として光の彼方にぶっ放す。見せ場をちょっと引用してみよう。
特攻機械が覚醒する。
轟音がガレージ全体を震わせる。やわなトタンの壁が、シャッターが、機械の目覚めを祝福するように、でかい図体をゆさゆさと揺らして笑う。機械はみるみる熱を持ち、恥じらうようにボディを紅潮させた。
「夜露死苦!」と不良は叫んだ。
アクセル全開で空吹かししながら、ホーンスイッチを押し込んだ。高らかな六連ラッパの音がこだまする。お決まりのゴッドファーザー愛のテーマが、革命のファンファーレとなる。シリンダーギャップからガスが漏れ、炎が噴きあがる。耳をつんざく爆発音とともに、砲口から目映い閃光が逬った。
版元がつけたキャッチフレーズは〝滋賀ワイドスクリーンバロック不良小説〟。要するにウィリアム・ギブスン×バリントン・J・ベイリー×『湘南爆走族』みたいな話だが、読みはじめたら止まらない強烈な吸引力がある。
それに続く「ショッピング・エクスプロージョン」は、2049年、(驚安の殿堂ドン・キホーテならぬ)超安の大聖堂サンチョ・パンサの店舗群がとつぜん拡大増殖しはじめたところから始まる。この『買物災禍』により、全世界におよそ7万2千を数える店舗群は都市を吞み込んで際限なく増殖をつづけ、それから25年──。人類文明は商業的終末を迎えようとしていた。
と、つまりこれは柞刈湯葉『横浜駅SF』のドンキ版だが、ネタとギャグのまさにドンキ的な圧縮陳列により、独自の世界を構築している。
冒頭にドストエフスキー『地下室の手記』の一節を引用した小品「ドストピア」は、濡れタオルを振り回す苛酷な対戦スポーツ〝タオリング〟の興行で栄華を極めた原磯組が、パンデミックに伴う激しい弾圧に耐えかねて場末のスペースコロニーに落ち延びて──というぶっ飛んだ設定を小ネタ満載で狂騒的に描く任俠SFの快作。
次の「竜頭」は、地方都市特有の閉塞感を幻想SF風に描いた純文学寄りの青春小説。この短編集の中ではこれだけ肌合いが違い、異彩を放っているが、作品に込められたある種の怨念と切実さがダイレクトに刺さる読者も多いのではないか。表題作が陽ならこちらは陰。両者は裏表のような関係にある。
巻末に収められた中編「ラゴス生体都市」は、2018年の第2回ゲンロンSF新人賞受賞作。物語の舞台は未来のナイジェリア。2054年に誕生した新政府は、法律で性交を禁止。海に面した南部の巨大都市ラゴスは、全市民の心が情調制御される環境完全都市と化している。支配に抵抗する〈映画監督〉ことブギ・ナイツは、ポルノ映画で反政府テロを試みる。小説の主人公は、保全局に勤務する焚像官のアッシュVCDのみで流通する、匿名作家による出所不明の神映像を追う。
カタカナのルビを多用する疾走感あふれるサイバーパンク文体と意外に古風なSF設定で読ませる。
以上5編、独特すぎるスタイルと強烈すぎる個性に辟易するか、それとも中毒するか。ためしに表題作だけでもぜひ読んでみてほしい。
著者の天沢時生は1985年、滋賀県近江八幡市安土町生まれ。2018年、「ラゴス生体都市」で第2回ゲンロンSF新人賞、2019年、「サンギータ」で第10回創元SF短編賞を受賞。〈小説すばる〉に連載(2023年5月号~2024年10月号)された長編『キックス』が単行本化待機中。
評者=大森 望