採れたて本!【デビュー#26】

採れたて本!【デビュー#26】

『コミケへの聖歌』は、第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作(犬怪寅日子『羊式型人間模擬機』と同時受賞)。これがデビュー作となる著者のカスガは、1974年生まれ、大阪府出身。同賞の選評では、〈SFコンテストの過去の大賞受賞作のなかでも、完成度では最高レベル〉(塩澤快浩)などと高く評価されている。

 単行本のカバーは、部室っぽい部屋にいる4人の少女(うち2人は制服っぽいブレザーを着ている)を描く toi8 のイラスト。袖には以下のようなあらすじが記されている。
 

〝二十一世紀半ばに文明は滅んだ。東京は赤い霧に包まれ、そこから戻ってきた者はいない。山奥の僻村イリス沢に生き残った少数の人々は、原始的な農耕と苛酷な封建制の下で命を繫いでいる。そんな時代でも、少女たちは廃屋を改造した〈部室〉に集まり、タンポポの〈お茶〉を優雅に楽しみながら、友情に、部活に、マンガにと、青春を謳歌する。彼女たち《イリス漫画同好会》の次なる目標は〈コミケ〉、それは旧時代に東京の海辺に存在したマンガの楽園だ。文明の放課後を描く、ポストアポカリプス部活SF。〟

 
 文明崩壊後の世界で、それでも旧時代のマンガに憧れる4人の少女たちは、手製の葦ペンを使って、旧時代の金銭出納簿に見よう見まねのマンガを描き、それを〈同人誌〉と名づけ(1970年代前半までは一般的だった肉筆回覧同人誌への先祖返りだが、彼女たちはもちろんそんな歴史を知らない)、集落の名にちなんで『アイリス』と命名する。〈部員〉のひとりで、ナグモ屋敷の次期当主・比那子の口ぐせは、「今年こそは、冬が来る前にコミケへ行くよ」。

〈コミケ〉とは、文明崩壊と暗黒時代を生き延びたマンガ愛好者たちが、《廃京》の海辺に集って新作を披露し合う、新たなマンガの祭典である(と比那子は主張する)。いまもまだ赤い霧に包まれているのは《廃京》の中心部だけで、〈コミケ〉が開かれている海辺では、霧が晴れている可能性が高い。

〈2年生〉部員のスズは渡り猟師を父に持つ元ナガレ者で、あちこち旅してきた経験がある。徒歩で《廃京》まで行って帰ってくる一カ月程度の旅なら、自分たちがイリス沢を離れても問題ない。比那子とスズとかやの部員3人は意気揚々とコミケへの冒険旅行の計画を練るが、現実主義者の「わたし」(イリス沢でただひとりの〝医者〟の娘である〝ゆーにゃ〟ことゆうなぎ)だけは反対する。はたしてコミケへの旅は実現するのか?

 
 ……というふうに、ポストアポカリプス女子校部活小説として幕を開けるものの、やがて〈部員〉それぞれの背景を通して、〈部室〉での楽しげな会話からは想像もできない苛酷な現実が浮かび上がってくる。文明崩壊後の世界でいかにして彼らは食糧を確保し、集落を維持し、生き延びているのか。そして「わたし」はなぜ旅立つことに反対しつづけるのか。

 彼女たちの抱える問題は、かならずしも文明崩壊後の世界に特有のものではない。実際、この小説を読みながら僕が思い出していたのは、いまからちょうど半世紀前に(それこそ肉筆回覧誌の時代に)公開された、中島丈博原作・脚本の映画『祭りの準備』(黒木和雄監督)だった。高知県の地方都市で生まれ育ったシナリオライター志望の青年が郷里を旅立つまでの物語だが、『コミケへの聖歌』は、文明崩壊後の僻地に舞台を移したもうひとつの『祭りの準備』だと言えなくもない。世代を超えて普遍的な訴求力を持つ、「物語についての物語」だ。

コミケへの聖歌

『コミケへの聖歌』
カスガ
早川書房

評者=大森 望 

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第27回
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