SF御三家のひとり、筒井康隆。色褪せない人気の秘密を探る。

『時をかける少女』、『パプリカ』などを代表作に持つ作家、筒井康隆。風刺小説からライトノベルまで幅広い作品を発表する筒井康隆の人気の理由を、これまでに書かれた魅力あふれるSF作品とともに紹介します。

80歳を過ぎてもなお、現代日本文学の巨匠として作品を生み出し続ける筒井康隆。2017年8月には筒井康隆もかつて作品を掲載していたSF同人誌「宇宙塵うちゅうじん」の創刊60周年を記念し、『日本SF傑作選1 筒井康隆 マグロマル/トラブル』が早川書房より発売されました。

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筒井康隆は星新一、小松左京と並んで「SF御三家」と称されているように、日本にSFを根付かせたうちのひとり。筒井康隆がいたからこそ、日本でSFが当たり前に読まれるようになったといっても過言ではありません。

今回は、そんな筒井康隆のSF作品の魅力を解説します。

(合わせて読みたい:SFは海外だけのものじゃない!素晴らしき日本のSF小説史

 

魅力その1.「あったらいいな」を叶えるアイテムを上手く利用する主人公。

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筒井康隆のSF作品には、誰もが欲しくなるような不思議な便利アイテムが登場します。「でも、その道具を過信し過ぎて、主人公は不幸になってしまうんでしょう?」と思ったとしたら大間違い。筒井康隆のSF作品における主人公たちは、道具の力を上手に使って自分の願望を叶えることが大半です。

『白いペン・赤いボタン』(筒井康隆SFジュブナイルセレクション収録)の主人公、青山はある日、学校の廊下で「細身の、なかなかかっこうのいい万年筆」を拾います。青山は、自分がペンの持ち主だと主張するクラスメイトの赤坂からペンを返すように泣きつかれたことから、「あの万年筆には何か秘密があるに違いない」と考えます。

青山の予想通り、万年筆には未来を予知する不思議な力がありました。参考書の問題をなぞれば試験に出るかどうか、競馬新聞をなぞればどの馬が勝つかをブザーが鳴って教えてくれる、夢のようなペンだったのです。たちまち青山は試験で次々と良い成績をとるだけでなく、競馬で勝って大金持ちに。さらに成績が上がったことでクラスメイトからモテるようになった結果、喜美子というガールフレンドまでできる順風満帆な日々がやってきます。

「試験に出る問題を事前に予想できたらいいのに」、「楽して大金持ちになれたらいいのに」という願望は、誰もが一度は抱いたことがあるはず。ひょんなことから手に入れたペンで青山は誰もが羨む状況になりますが、英語はペンの力を発揮できないので、ペンに頼らずに真面目に勉強する一面も。また、競馬場では「あまり何度も続けて勝っては怪しまれるし、帰りが物騒だ」と、欲張らずに自制できる冷静さを持っています。

後に青山は別荘で友達とパーティーをしたり、喜美子に指輪をプレゼントしたりとペンで得た金を有意義に使いますが、ある日ペンの元々の持ち主だった宇宙人に襲撃され、ペンを取り上げられてしまいます。

「もしもペンを手にしたのが自分だったら、何が何でも宇宙人を追い返してやるのに」と思う人もいることでしょう。しかし青山は「欲しいものはみんな買った」とペンに執着していません。それどころか、青山は宇宙人の別の秘密道具「瞬間移動ができる赤いボタン」をどさくさに紛れて奪い取ります。

赤いボタンを取り返しに再び宇宙人が来るだろうとも思いながら、「その時はその時だ。いざとなったらボタンを使って逃げればいい」と開き直る青山。その姿勢は、モットーにも表れています。

おれのモットーは臨機応変である。
くり返すようだが、びくびくしていちゃ、世の中は渡れないよ。ほんとだぜ。

また、短編小説『デラックス狂詩曲ラプソディ(筒井康隆SFジュブナイルセレクション収録)には、スイッチを押すことで画面に映ったものが手に入る不思議なテレビが登場します。

一美、治美、直美の女子高生3人はこのテレビで手に入れた流行の服で、洋装店を開くことに。彼女たちの洋装店「トップ・スター」は開店初日から1,000万円近くを売り上げ、5ヶ月後には従業員500人を抱えるほどの大企業に成長します。しかしある日、豪華な生活を送っていた一美のもとに「200年後の未来からやってきた」と話す男がやってきます。

実は、この不思議なテレビ、未来の世界から紛れ込んだ“複製商品自動販売機”だったのです。一美は未来人からテレビの返却を命じられますが、「やはり未来のものは未来へ返すべき」という一美自身の考えから素直に応じます。一美は、すでに莫大な利益を得ていたことからもうテレビに固執していませんが、もしも一美が欲張りな性格であれば、未来人を騙してでもテレビを独り占めしていたことでしょう。

主人公が不思議な道具を手にする作品の中には、最終的に欲望に負けて破滅してしまい、後味の悪さが残るものも少なくありません。しかし、青山と一美は自分を見失うことなく、いずれもハッピーエンドを迎えています。「欲張ってはいけません」という教訓めいたものを押し付けるのではなく、上手く立ち回って幸せを掴む主人公の姿に、読者は魅力を感じるのかもしれません。

 

魅力その2.身近なテーマを痛烈に皮肉ったSF。

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NHKテレビのニュースを見ていると、だしぬけにアナウンサーがおれのことを喋りはじめたのでびっくりした。

「ベトナム関係のニュースを終りまして、次は国内トピックス。森下ツトムさんは今日、会社のタイピスト美川明子さんをお茶に誘いましたが、ことわられてしまいました。森下さんが美川さんをお茶に誘ったのは今日で五回目ですが、一緒にお茶を飲みに行ったのは最初の一回だけで、あとはずっとことわられ続けています」

そんな書き出しで始まる短編『俺に関する噂』は、主人公の森下の日常があらゆるメディアによって取り上げられる物語です。最初こそ冗談だろうと笑っていた森下ですが、食生活や人間関係が週刊誌やラジオで報道されるうちに様々なことに対して疑心暗鬼になってしまいます。

明子からデートに誘われるも、「俺からの誘いを断ったことでマスコミの批難が集まるのを恐れたから、デートに誘ってきたに違いない」と思い込み、いざデートの場になっても、会話が記事になってしまうことを恐れて何も発言しません。報道によって踊らされるひとりの人間を、ブラックユーモアたっぷりに描いている作品です。

この作品が執筆されたのは昭和47年。しかし、特別でも何でもない普通の会社員の日常が不特定多数の人の目に触れるようになるのは、何でもインターネットで晒される現代と変わりません。この作品により、筒井康隆は「マスコミが取り上げればなんだってビッグ・ニュースだ。報道価値なんてあとからついてくる」という悪意を持ったマスコミを皮肉っているのです。

タイトルからして強烈な『くたばれPTA』もまた、皮肉のこもったSF作品です。

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主人公の“おれ”は車が空を飛び、ロボットの存在が日常的になった未来でも、科学的な空想に基づいたフィクションであるSF漫画を描き続けています。作品は子どもたちから圧倒的な支持を得る一方で、PTAや教育ママには目の敵にされていました。

「いったいSFマンガの、どこが悪いっていうんです。あなたたちのように最初からSFマンガは悪いものと決めてかかっていちゃあ、お話もなにもできないじゃありませんか」
「悪いものは悪いです! そんなこと、わかりきってるでしょ!」正面の主婦が、ヒステリックにそう叫んだ。

“おれ”は家にまでやってきた悪書追放運動の婦人団体と口論になりますが、団体のメンバーは明確な理由もなく「悪いものは悪い」、「子どもの害になる」、「勉強をしなくなる」と主張するばかり。自分たちは指導せず、ただ子どもの害になるであろうものを排除しようとする団体はSF漫画がいかに悪影響かをマスコミに訴え、報道させます。その報道により、“おれ”は悪者とされてしまうのでした。

『おれに関する噂』と『くたばれPTA』は、いずれもマスコミに対する皮肉が描かれた作品です。それも、ただ「マスコミはこんなにひどいんだ」と被害者の立場に甘んじるのではなく、皮肉とユーモアを作品に込めることで極上のエンターテインメント作品に仕立て上げています。読んで思わず笑ってしまうような作品は私たちを楽しませてくれると同時に、実はドキッとしてしまうようなブラックユーモアが効いているのです。

 

魅力その3.70歳を迎えてもライトノベルに挑む姿勢。

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2012年、筒井康隆はライトノベル小説『ビアンカ・オーバースタディ』を発表。文壇の大御所で、当時77歳を迎えていた筒井康隆がライトノベルを書いたこと、そしてその帯で「それは、2010年代の『時をかける少女』」とうたわれていることはたちまち文壇を中心に話題を集めました。

校内を歩くだけで周囲の男子の視線を釘付けにする美少女、ビアンカ北町。生物研究部の部員であるビアンカは放課後、生物学実験室でウニの生殖についての実験を行っていました。しかし、彼女は密かに「人間の生殖の仕組みを見たい」という野望を持っています。

ビアンカはただの美少女ではありません。実験に必要な人間の精子を手に入れるために大胆な行動に出たかと思えば、先輩で同じ生物研究部のメンバー、千原が未来からやってきたことを突き止めるようなエキセントリックな女子高生です。

「わたしはずっと前、ちっちゃな頃から、宇宙人だの未来人だのが、わたしの前にあらわれてくれることを待ち望んでいたような気がするの。そしてわたしを、この退屈な、フツーの女の子の生活から、この退屈な、男の子っていったらフツーの男の子しかいない現実から、どこか超現実的な、わくわくする世界へつれて行ってくれることを乞い願っていたように思うの。だからこそ、宇宙人や未来人の出現があたり前のように思いはじめていて、実際にあらわれても平気でいられるように、いつの間にか自分を訓練していたんだと思うわ」

作中でビアンカは千原に、変わっていることを指摘されますが、「まるで、すでに書かれていることを読んでいるみたいに、すらすらと」こう答えています。

実際にライトノベルの主人公は、異世界に転生したり、実は自分にとんでもない力が備わっていたことを知るや否や、それまでの平凡な日常を捨て、不思議な出来事を受け入れることも少なくありません。言うまでもなく、ビアンカもそのひとりです。

『ビアンカ・オーバースタディ』のイラストを手がけたのは人気ライトノベル『涼宮ハルヒの憂鬱』でも知られているいとうのいぢ。ビアンカのセリフからは、普通を望まず、未来人や宇宙人との出会いを望んでいた涼宮ハルヒを思い出す読者もいたことでしょう。

もともと、筒井康隆はパロディを得意とする作家。かつては同じSF作家の小松左京の代表作、『日本沈没』をパロディ化した『日本以外全部沈没』を発表しています。

この作品で筒井康隆は日本以外の土地が全て水没してしまった世界を舞台に、唯一の陸地である日本へ逃げてきた外国人の悲惨な境遇と、突如世界で最も恵まれた立場になった日本人の浅ましさをブラックユーモアたっぷりに描きました。その他にも、架空の文学賞“直井賞”をもとに、実在する選考委員と思わしき登場人物を主人公が次々と殺害する『大いなる助走』では、なんと現実の文壇をパロディ化しています。

ビアンカの「頭脳明晰な美少女でありながら、エキセントリックで気が強い」というキャラクター像は涼宮ハルヒをはじめとするライトノベルの主人公を彷彿とさせます。いわば、筒井康隆は、『ビアンカ・オーバースタディ』で、ライトノベルに見られる定番の主人公を意図的にパロディ化しているのです。

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筒井康隆は『涼宮ハルヒ』シリーズを読んだこと、その中でも『涼宮ハルヒの消失』が面白かったことを雑誌『群像』で語っています。いつになっても面白い作品を求め、自分でも書いてみせる姿勢、そしてその作品の面白さも衰えていない事実に多くのファンは驚いたと言われています。

 

時代を経ても愛される、筒井康隆の作品たち。

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筒井康隆は文芸誌『文學界』2017年9月号において、2年ぶりとなる最新作『漸然山脈』を発表。挿入曲「ラ・シュビドゥンドゥン」の歌詞と楽譜が掲載され、YouTubeには筒井康隆本人が歌った動画を配信する、新しい試みが見られる作品として注目を集めています。

80歳を超えてもなお、文壇の最前線で活躍を続けている筒井康隆。あなたもぜひ、色あせない魅力を持ったSF作品に触れてみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2017/09/30)

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