今月のイチオシ本 【ミステリー小説】宇田川拓也

『軍艦探偵』
山本巧次
ハルキ文庫

 昭和十五年、帝大経済学部を卒業して短期現役士官制度に応募した池崎幸一郎は、海軍主計士官となり、金剛級戦艦「榛名」に配属される。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を明日に控えたある日、池崎は下士官のひとりから、運び込まれた野菜の箱がひとつ消えていることを知らされる。さては"銀蝿"(食料盗難)かと思われたが、帳簿の上では個数に間違いはない。この奇妙でささやかな事件は、いったいなにを意味するのか……。

 山本巧次『軍艦探偵』は、戦艦、航空母艦、駆逐艦など、配属先が変わるたびに事件に遭遇し、名推理を披露することになる"軍艦探偵"池崎の活躍を描いた連作短編集だ。

 第十三回『このミステリーがすごい!』大賞の隠し玉として刊行された著者のデビュー作『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』(宝島社文庫)は、元OLが祖母から譲り受けたタイムトンネルを使って現代と二百年前の江戸を行き来する二重生活を送りながら事件を調査するユニークな作品だったが、本作でもそうした独自の魅力は健在。近年、戦争小説と「日常の謎」系の本格ミステリーを融合した作例としては、深緑野分『戦場のコックたち』(東京創元社)が思い浮かぶが、帝国海軍の軍艦を主要舞台にすることで、類のない斬新な作品に仕上がっている。

 池崎が配属中に沈没した駆逐艦「蓬」が絡んだ連作ならではの趣向も大きな読みどころだが、エピソード単体では第四話「踊る無線電信」が白眉。真珠湾攻撃の翌年、池崎が乗る航空機運搬艦から夜中に発信された、まったく意味をなさない通信を近くにいた給糧艦が傍受する。いったい誰が、なんの目的で? 艦長から真相究明を命じられた池崎は通信室の状況を確認し、ひとつの答えを導き出すのだが、解決したと思われたその先にさらなる展開が待ち構えており、本格ミステリーの勘所を外さない著者のセンスがさりげなくも鋭く光る好編だ。

 昭和三十年、呉で迎えるラストは、戦争に翻弄された若者たちの哀切と、それでも消えることのなかった強い想いが映し出され、忘れがたい余韻を残す。

(「STORY BOX」2018年6月号掲載)

(文/宇田川拓也)
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