「推してけ! 推してけ!」第46回 ◆『あなたが殺したのは誰』(まさきとしか・著)
評者=宇田川拓也
(書店員)
誰かを殺す〝あなた〟の心を殺したもの
事件が起こる。当然ながらそこには、被害者がいて、犯人がいる。けれど、単純に犯人が被害者に手を下したのだと割り切ることを許してはもらえない。読んでいる間、頭のなかに繰り返しタイトルが浮かび上がり、終始その意味するところを考え続けてしまう。
まさきとしか『あなたが殺したのは誰』は、『あの日、君は何をした』、『彼女が最後に見たものは』に続く、警視庁捜査一課刑事の三ツ矢秀平と戸塚警察署の若手刑事である田所岳斗が登場するシリーズの第三弾だ。
発端となる事件の現場は、東中野のマンションの一室。宅配便の配達員が、血を流して倒れている若い女性を見つけて通報した。岳斗が先輩刑事とともに現場検証を進めていくと、菓子の入ったカゴと壁の隙間に落ちていた白い便箋を発見する。そこには黒い文字で「私は人殺しです。五十嵐善男」と記されていた。この名前の人物と穏やかではない告白が意味するものとは? 加えて、この部屋で被害者とともに暮らしていたはずの乳児の姿が見当たらない。犯人が凶行後に連れ去ったのか?
この捜査と並行して描かれるのが、北海道鐘尻島を舞台にした一九九三年四月から始まる過去パートだ。小樽から高速船でも一時間掛かる人口三千人の小さな島に、スキー場と遊園地からなるリゾート村が建設される──はずだったが、バブルが弾け、島民の期待もむなしく工事は中断。このまま中止になるのではないかと皆が浮足立っている。
ここで視点人物となるのが、島で老舗料亭を営んでいる小寺家の息子で高校生の陽介。そして、夫がリゾート景気を当て込んで開いたビストロを手伝いながらひとり娘の教育に腐心する毒親気味の常盤由香里だ。リゾート建設に踊らされ、落胆する島の現状と先行きを憂え、島に縛られたまま不安と苛立ちをじわじわと募らせていく人間描写は、まさに著者の独壇場。読む者の心を波立たせずにはいられない。さらに島内でつぎつぎと死者が出る不吉な出来事が続き、ふたりを蔽う暗雲は、ますます黒く濃くなっていく。
東中野のマンションで起きた女性殴打と乳児の失踪、そして白い便箋に記された言葉と名前は、九十年代の鐘尻島のエピソードと、どのように結びつくのか。岳斗と三たびコンビを組むことになる、風変わりだが誰よりも真相究明に力を注ぐ三ツ矢の動きから目が離せなくなるが、同様にタイトルが表す意味についても強く目を引かれる。
あなたが殺したのは誰なのか? その言葉は決して手を汚した犯人に対してのみに掛けられているわけではない。直接的な殺意や暴力だけでなく、人間は言葉や噓や裏切りでも相手を酷く傷つけ、踏みにじり、圧し潰してしまうことができる。それを受けた側の忘れがたく消えない痛み、奈落に突き落とされたような孤独、重く圧し掛かる絶望は、ひとの心を殺すに等しいと捉えて然るべきだろう。〝あなた〟が誰かを殺すに至る前に、誰かによって〝あなた〟の心が殺されてしまった不幸を、どうか読み逃さないでいただきたい。また、作中で様々に「心が殺される」悲痛な場面を目の当たりにし、いくつも見つめるうちに、翻って「あなたの言動は知らないうちに誰かの心を殺してない?」と問われているような瞬間があって、ハッとさせられた。
読みどころは、まだまだある。なかでもやはり特筆すべきは、後半のある箇所で三ツ矢が登場人物のひとりに向けて口にする衝撃的な問いだ。あまりに衝撃が強く、その一文からしばらく目が動かせなかったほど──などと書くと疑いの目を向けられてしまうかもしれないが、少しの誇張もない。もしかしたら驚きを通り越し、戸惑いを覚えてしまうひとすらいるかもしれない。しかもこのあとさらに──。目を見張るそれについては、「まさきとしかならでは」ということだけお伝えしておくとしよう。
巻を追うごとに内容の充実度が上がっていく得がたいシリーズ、ぜひ本作発売を機に、より多くの方に手に取っていただきたい。
【好評発売中】
『あなたが殺したのは誰』
著/まさきとしか
宇田川拓也(うだがわ・たくや)
1975 年、千葉県生まれ。千葉県船橋市ときわ書房本店店長。横溝正史と大藪春彦を神と崇めるミステリ偏愛書店員。