今月のイチオシ本【警察小説】

『骸の鍵』
麻見和史
双葉社

 名探偵シャーロック・ホームズに対するジェームズ・モリアーティ教授を例に挙げるまでもなく、ミステリーでは敵役の存在も重要だ。警察小説も例外ではない。本書にもジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズに出てくるような悪役が登場する。

 その名はロックスミス(錠前師)! 東京メトロ東西線の葛西駅にあるコインロッカーから女性の切断された左腕が発見される。それには「おめでとう! ようやく見つけてくれましたね。しかしゲームはまだまだ続きます」というメッセージが付されていた。捜査が始まり、警視庁刑事部捜査第一課殺人犯捜査第六係の城戸葉月も加わるが、残りのパーツがどこにあるのか、ロックスミスはクイズのようなヒントも残しており、捜査陣を攪乱する。自らも猟奇犯罪のトラウマを抱える葉月だが、所轄の沖田刑事と組んで懸命の捜査に当たる……。

 一方、折口聡子は何者かに拉致され、目覚めると部屋に監禁されていた。何故そんな目にあうのかと自問しているところへ「あなたにお願いがあります」という機械音声が響く。声は、自分のことは虚ろ=ウツロと呼んでほしいといい、準備を整えたうえで隣室にいくよう命じる。そこには四肢を切断された女の遺体があった。「さあ、エンバーミングを始めてください」とウツロ。聡子は名うての遺体整復師──エンバーマーだった。

 集団捜査を軸にした流れはディーヴァー的だが、猟奇的なアプローチは、ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q─檻の中の女─』やピエール・ルメートル『その女アレックス』を髣髴させよう。ロックスミスとウツロの犯行は果たしてどう結びつくのか、悪役たちの仕掛ける恐るべきゲームの行方に一気読み必至。

 また彼らに振り回されながらも必死に犯罪の筋を読もうとする城戸葉月と、自分の置かれた状況に苦悩しつつも仕事をまっとうしようとする折口聡子の奮闘ぶりにも注目。猟奇趣向を前面に押し出しながらも、集団捜査劇と本格謎解き、そして人間ドラマの妙もたっぷり味わわせてくれる傑作長篇だ。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2018年10月号掲載〉
絵は、ただ感じるだけでいい『感性は感動しない 美術の見方、批評の作法』
文学のなかの「音」を楽しむ『世界でただ一つの読書』