今月のイチオシ本【警察小説】

『終わりの歌が聴こえる』
本城雅人

今月のイチオシ本【警察小説】

幻冬舎

 芸能界の事件を捜査する警察小説は数あれど、本書のように芸能そのものにまで突っ込んだ作品は稀少ではないか。

 警視庁捜査一課殺人犯捜査七係の伴奏は上司の命で、向こう一ヵ月ほど別捜査に当たることに。沖縄県警の手伝いをしろというのだ。上京してきた刑事、渡真利猛は一九年前、人気ロックバンド・メアリーのギタリスト、鈴村竜之介が沖縄のリゾートホテルの部屋の浴槽で溺死した事件を再捜査していた。きっかけは麻薬所持でつかまったそのホテルの従業員の新たな証言だったが、県警の杜撰な捜査も浮かび上がっていた。

 渡真利はメアリーの人気を二分していた、今はソロで活躍するボーカルの木宮保を疑っていた。

 一方、その木宮は久しぶりにソロライブを開催予定だったが、台風の襲来を理由にドタキャン。そのことで旧知の雑誌編集者に呼び出された音楽評論家の藤田治郎はメアリーのルポ執筆を打診される。治郎はかつてメアリーの事務所の社長を務めるなど、内部事情を知る数少ない一人だった。編集者は木宮の身辺を警察が嗅ぎ回っているのを察知していた……。

 というわけで、物語は伴&渡真利の捜査と、治郎が密かに書き溜めていたメアリーの軌跡が並行して描かれていく。鈴村と木宮は人気を二分してはいたが、実は犬猿の仲だったという。鈴村の死も本当は二人の仲違いに因るのではないか。伴たちは当時の関係者に聞き込みに回るが、メアリーとの出会いから説き起こした治郎のルポはメアリーの人間関係はもとより、鈴村の女遍歴や作詞担当の木宮の生みの苦しみ、そして彼らの複雑な家庭環境にまで深く踏み込んでいた。

 捜査する側──子持ちの女性と結婚した伴の家庭事情も興味深いが、本書で驚くべきは、やはり正統的な捜査小説と治郎のルポ──メアリーの栄枯盛衰が等分に描かれていることだろう。著者はメアリーの名曲の詞と曲も創作、一九八〇年代から九〇年代にかけて活躍したロックバンドの姿をありありと再現することに成功している。クライマックスの木宮のソロライブにぐっとくること必至。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2021年4月号掲載〉

【著者インタビュー】西村健『激震』/震災やサリン事件が起き、日本の築いた神話が崩壊した劇的な一年を描く
【2021年本屋大賞全作レビュー】町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』の魅力