今月のイチオシ本【警察小説】

『エーテル5.0 麻薬取締官・霧島彩』
辻 寛之

エーテル5.0 麻薬取締官・霧島彩

光文社文庫

 新型コロナの感染爆発に伴い、長引く自粛生活。そのストレスに耐えきれず、犯罪に走るケースも目につき始めた。中でも当局が恐れるのは薬物犯罪ではあるまいか。犯罪それ自体の危険性もさることながら、それが暴力組織の利益拡大につながることが大きい。

 今回取り上げるのはその薬物犯罪を捜査する麻薬取締官の活躍を描いた話──というと、麻薬取締官って厚生労働省の管轄で警察官ではないのではという声もあるかもしれないが、麻薬取締官は刑事訴訟法に基づいた特別司法警察職員の権限を有している、いわば広義の警察官なのである。

 物語は女子大生ふうの女がLINEで売人と話をつけ、お台場のバーから外車をとばして渋谷・道玄坂のホテルを目指す場面から始まる。彼女、霧島彩はその一室が麻薬パーティの現場であるのを裸で確認するやマトリの身分を明かし、危ういところを売人たちの逮捕にこぎつける。違法すれすれの捜査は当然問題になるが、新宿、渋谷署管内では不審な薬物中毒死事件が連続していることもあって、彩は強気な姿勢を崩さない。

 一方、囮捜査の現場で意識を失って発見された娘、仲西悠は彩の弟・敦史のかつての交際相手・谷村美里が勤める関東医科大学付属病院に運ばれていたが、詳しいことを聞き出せぬうちに姿をくらましてしまう。彼女自身、売人だったらしい。彼女が所持していた薬物も新手の合成薬物であることが疑われたが……。

 出だしからエロ&アクション系の活劇演出が売りのようだけれども、霧島彩は弟・敦史を薬物で失っており、薬物犯罪を憎悪している。裸の捜査も事件解決のためならなりふり構わぬ姿勢の表われだ。薬物の知見や情報がベースになっているのも普通の警察ものと一味違うところで、医療小説的な色合いが強いのが特色。

 本書は著者の長篇第三作に当たるが、帯には本シリーズの予告付き。日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞したデビュー作『インソムニア』は自衛隊のPKO派遣が題材だったが、本シリーズも国際色豊かな物語に成長していく期待あり。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2021年10月号掲載〉

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