今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『大名絵師写楽』
野口 卓
新潮社

 謎の絵師・東洲斎写楽の正体をめぐっては、これまでも多くの名作が書かれてきた。この謎に、文庫書き下ろしの〈軍鶏侍〉シリーズなどで人気の野口卓が挑んだ本書は、写楽は誰かではなく、写楽はどのように生まれ、なぜ消えたのかに焦点を当て新機軸を打ち立てている。

 そのため写楽の正体はすぐに明かされるのだが、ネタバレは避ける。ただ最有力とされる徳島藩の能楽師・斎藤十郎兵衛ではないことは指摘しておきたい。

 久保田藩江戸留守居役の平沢常富は、書肆・耕書堂の主人・蔦屋重三郎に贈答用の摺物を依頼した。その中の一枚「踊り狂う男」に魅了された蔦屋は、この絵師に大首絵を描かせたいと考える。実は平沢は、朋誠堂喜三二の筆名で黄表紙を書いた戯作者で、蔦屋とも親しかった。

 だが平沢は、なぜか件の絵師を紹介してくれない。蔦屋は、「踊り狂う男」の作風と題材、久保田藩との繋がりから絵師がさるやんごとなき人物と推理する。蔦屋に詰め寄られた平沢は、絵師との取り次ぎを約束。ここから写楽を謎の絵師として売り出すプロジェクトが始まる。

 黒雲母摺りの役者の大首絵でデビューした写楽だが、すぐに全身図が軸になるなど短期間に作風を変え、わずか十ヶ月で消えた。著者は、やんごとなき人物が写楽だったとすることで、これらの謎に合理的な解釈を与えており説得力がある。

 蔦屋は、写楽の正体を隠すため偽の手掛かりを用意するなど二重三重の仕掛けを作り、やんごとなき人物を守ろうとする。中盤以降は、誰が写楽かを探る北町奉行所の凄腕の同心・角倉又兵衛と蔦屋が頭脳戦を繰り広げるなど全体がサスペンスタッチになっているので、最後まで先の読めない展開が楽しめるはずだ。

 写楽は、老中の松平定信を皮肉った黄表紙が発禁処分になった平沢、やはり戯作の刊行で重過料に処せられた蔦屋たちが、幕府に一泡ふかせるために作り上げた絵師とされている。庶民の娯楽の歌舞伎や戯作を規制する幕府に、蔦屋たちが写楽を人気絵師にすることでしたたかに渡り合う展開は、表現の自由がどれほど重要かにも気付かせてくれるのである。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2018年12月号掲載〉
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