「ヤンキー」と「不良少年」を正しく知るための3冊

“ヤンキー”あるいは“不良少年”と呼ばれる少年たちに対して、漠然と「自分には関係ない存在」というイメージを抱いている方は多いのではないでしょうか。彼らの生活や思考を知るヒントになりうる良書を3冊ご紹介します。

改造したバイクを夜な夜な暴走させる、校舎の裏で煙草を吸う、地元愛が強く性に奔放──。“ヤンキー”あるいは“不良少年”と呼ばれる少年たちに対して、漠然とそんなイメージを抱いている方は少なくないのではないでしょうか。

「素行が悪い」とひとくくりにされるような行動で大人を困らせる少年たちの実像は、当の大人にはなかなか見えづらいものです。しかし、年月をかけてそのような子どもたちと向き合い、フィールドワークや過去のデータから“ヤンキー”や“不良少年”の生活・価値観を解き明かそうとしている研究者たちも存在します。

今回は、そのような研究に基づいて書かれた、“ヤンキー”と“不良少年”についての理解が深まる本を3冊ご紹介します。

『ヤンキーと地元』(打越正行)

ヤンキーと地元
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4480864652/

『ヤンキーと地元』は、沖縄で生まれ育った“ヤンキー”と呼ばれる若者たちの生活を10年間にわたって調査したエスノグラフィー(行動観察)の記録です。

著者である社会学者の打越正行は1998年、大学に進学して沖縄で暮らし始めたころに、大学構内の駐車場で酒盛りをしている不良少年たちと出会ったことが“ヤンキー”にまつわるフィールドワークを始めるきっかけになったと述べています。

彼らと同じように私も地べたに座って乾杯した。彼らは近所の中学校の卒業生だった。仲間の一人が高校を辞めようとしていて、友だち全員に緊急の集合をかけたという。既に学校を中退して働いているものもいたが、そこにいた全員が高校を辞めないよう説得していた。

大学構内の夜の駐車場で不良少年たちと朝まで飲み明かしたとき、初めて知ったことがある。それは、大学も高校も、彼らにとっては、一部の人間のためにつくられた場所で、しらけた出来レースが展開される場所でしかない、ということだった。そんなふうに学校を見たことがなかった私は、自分の無知を嫌というほど思い知らされた。

その体験を魅力的に感じるとともに衝撃を受けた著者は、内地出身である自分には沖縄の若者が直面しているシビアな現実を理解できていないと自覚し、「わからないなら、わかる人に話を聞かなければ」という思いで沖縄での暴走族少年への調査を始めます。

著者がとったのは、自らも一員として不良少年たちの集団の仲間に入れてもらうという方法でした。“パシリ”として少年たちの牛丼を買ってきたりお酒を作ったりといったことを地道にしているうちに、少年たちの何名かが著者に心を開いてくれるようになっていきます。

10年間にわたる調査は、沖縄の暴走族グループのたまり場であるゴーパチ(国道58号線)から、彼らの多くの日常的な仕事の場である地元の建設現場、現場仕事に見切りをつけた若者が働くようになった性風俗店──と舞台を移していきます。著者はどの場所においても出会った若者たちの生活史を丁寧に聞き取り、地元の建設現場で恒常的に振るわれている暴力の理由や、若者たちがそれでも地元・沖縄に留まらざるをえない理由を紐解いていきます。

不良少年たちの生の言葉、そして彼らと正面から対話しようとする著者の言葉から、ひとつの文化を理解し想像を巡らせようとすることの難しさや大切さについて考えさせられる良書です。

『<ヤンチャな子ら>のエスノグラフィー ヤンキーの生活世界を描き出す』(知念渉)

ヤンチャ
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4787234455/

『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー ヤンキーの生活世界を描き出す』は、教育社会学・家族社会学の研究者である知念渉による本です。本書も『ヤンキーと地元』と同じく、特定の集団に所属する若者たちのエスノグラフィーという形をとっています。

著者は、教師たちから〈ヤンチャな子ら〉と呼ばれている大阪府内の公立高校の生徒たちに焦点を当て、その中の14人と3年間をともに過ごし、高校を卒業・中退したあとも話を聞き続けることで調査を進めていきました。

著者が調査対象とした大阪の高校は“学力的にも社会経済的にも「厳しい」生徒たちが入学してくる”学校で、14人の中で無事に高校を卒業できたのは半数以下。彼らの中には、貧困を背景にして居住地を転々としながら生活してきた子どもや、父親との離婚後に母親が精神疾患を患って厳しい経済状況に置かれていた子どももいました。

著者は丁寧な調査の中で、いわゆる〈ヤンチャな子ら〉は一見同じ属性の子どもたちのように思えても、その集団の内部にはさまざまな「社会的亀裂」があると説いていきます。そして、〈ヤンチャな子ら〉の中でも特に厳しい経済状況に置かれている子どもたちの多くは、高校卒業・中退後に即興的なつながりによって「夜の仕事」や「グレー」な仕事に就き、貧困から抜け出せずにいるという現状を浮かび上がらせます。

本書は豊富なデータと著者自身によるフィールドワークによって、“ヤンキー”と“貧困”の問題を考える上での大きな手がかりとなります。“身近な他者”としてのヤンキーについて改めて考察してみたい方にとって、必読の1冊です。

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治)

ケーキの切れない
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4106108208/

『ケーキの切れない非行少年たち』は、児童精神科医である宮口幸治による本です。

著者はかつて大阪の公立精神科病院に勤務していたとき、ある施設に出向いて診察や発達相談をおこなっていたことがありました。そこで出会った性の問題行動を繰り返してしまう少年に、認知行動療法に基づいたワークブックを使った治療を何度もおこなったものの、少年は問題行動を辞められませんでした。

著者はのちに、この少年が知的なハンディを併せ持っていたために、ワークブックの内容自体を理解するのが困難だったという事実に気づきます。そして、その後の少年院での法務技官としての勤務を経て、“非行少年”と呼ばれる少年の中には認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすらできない子どもたちがいるということに行き当たりました。

ある粗暴な言動が目立つ少年の面接をしたときでした。私は彼との間にある机の上にA4サイズの紙を置き、丸い円を描いて、「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」という問題を出してみました。
すると、その粗暴な少年はまずケーキを縦に半分に切って、その後「う~ん」と悩みながら固まってしまったのです。

著者は、このような少年たちの更生を目指し、すべての学習の土台となる「認知機能」を向上させるための、ゲーム感覚でおこなえるプログラムを自ら開発します。このトレーニングによって認知機能の向上が見られたケースを紹介しつつ、著者は「困っている子ども」の早期発見には学校教育の充実が欠かせないと語ります。

本書を読むと、私たちがこれまで“非行少年”とひとくくりにしてきた子どもたちと発達障害・知的ハンディとは切っても切り離せない関係にある、ということがよく分かります。“非行少年”に対する理解が進むのはもちろん、子どもの発達障害について考える大きなきっかけにもなる1冊です。

おわりに

『ヤンキーと地元』の著者である打越正行は、同書の「おわりに」の中でこのようなことを述べています。

このような世界にも、間違いなく人びとは生き、生活が存在する。人が生活し働くうえで土台となる文化を理解すること、その理解をもとに想像をめぐらすこと。いかに地道な営みであっても、そのことを手放すことはできない。

今回ご紹介した3冊はどれも、“ヤンキー”や“不良少年”と呼ばれる少年たちの生活や思考を解き明かそうとする“地道な営み”によって書かれています。ヤンチャな子どもたちを自分には関係のない他者として排除してしまいそうになったとき、偏見を捨てるために手を伸ばしたい3冊です。

初出:P+D MAGAZINE(2019/10/09)

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