採れたて本!【国内ミステリ#02】

採れたて本!【国内ミステリ】

 ミステリ史上、弁護士を主人公にした小説は大量に存在する(ちょっとしたミステリファンならば、余裕で数十冊くらいタイトルを挙げられるのではないか)。だが、たった一文字違いの弁理士となるとどうだろう。少なくとも私は、弁理士が主人公のミステリの先例を全く思い出せなかった。

 今年で二十回目を迎えた『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作である南原詠『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』は、もしかすると史上初かも知れない弁理士が主人公のミステリだ。そもそも、弁護士と弁理士の違いを具体的に知らない読者もいそうだが、作中では早々に「弁護士は、争い事ならなんでも担当できます。スペシャリスト、というよりゼネラリストですね。でも特許権に関する話なら弁理士がスペシャリストです」という説明がある。

 主人公の大鳳未来は、弁護士の姚愁林とともに特許権の防衛を専門とする「ミスルトウ特許法律事務所」を立ち上げた凄腕の弁理士だ。彼女たちの事務所に、日本一の VTuber 事務所「エーテル・ライブ・プロダクション」からの依頼が舞い込む。社長の棚町によると、同社所属の VTuber である天ノ川トリィが使用している撮影システムが、特許ライセンスを侵害しているという警告書が届いたというのだが……。

 冒頭、二つの会社間の物騒な特許トラブルを解決するシーンからも、未来の尋常ではない肝の据わり具合や、時にはグレーな領域にも踏み込む危険な側面が伝わってくるが、そんな彼女ですら驚くほど破天荒なキャラクターが天ノ川トリィである。たった一カ月で二億円を稼ぐ人気 VTuber であるのみならず、格闘家三十五人を相手に戦うシーンの撮影で、彼ら全員を足技で叩き伏せたほど武芸百般に通じているのだ。このインパクト満点のダブルヒロインが、時には衝突しながらも手を組み、特許をめぐる勝ち目のない戦いに挑んでゆくのだが、彼女たちが絶体絶命の窮地からいかに巻き返すか、クライマックスの盛り上がりが読みどころだ。

 特許や VTuber といった、かなり専門的な知識が要求される題材ながら、それをわかりやすく読者に伝えるテクニックが優れているのも本書の美点であり、『このミステリーがすごい!』大賞史上屈指の激戦(最終候補作が八作もあった)を勝ち抜いて受賞した所以だろう。池井戸潤の「半沢直樹」シリーズのようなビジネス小説としての興趣と、法律の専門知識を活かしたロジカルな面白さとを見事に結合させたデビュー作だ。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来

『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』
南原 詠
宝島社

〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

【著者インタビュー】塩田武士『朱色の化身』/全く新しいリアリズム小説ないし報道小説が可能なのかという実験
◎編集者コラム◎ 『羊の国の「イリヤ」』福澤徹三