◎編集者コラム◎ 『羊の国の「イリヤ」』福澤徹三
◎編集者コラム◎
『羊の国の「イリヤ」』福澤徹三
「週刊ダイヤモンド」2021年9月11日号の記事から話を進めたい。
ネットに掲載された特集ページの見出しは、まるで身も蓋もない。
「貧困大国ニッポンの『階層データ』初公開! 全5階級で年収激減の格差世襲地獄」
そして記事はこう始まる。
「もはや、日本は経済大国ではなく、貧困大国になってしまったのかもしれない。」
さらに、
「日本の格差問題を固定化し、かつ深刻化させたのは、80年代から急速に労働現場に浸透した非正規労働者の存在である。正社員が担っていた仕事の一部を、低賃金の非正規労働者に置き換えていったのだから、格差が拡大していくのは当然のことだ。
今の日本社会を、『格差社会』などという言葉で表現するのは実態を表していない。格差社会よりもはるかにシビアな『階級社会』へ変貌を遂げていたのだ。(略)
厄介なことに、階級格差は親から子へ、子から孫へと世代を超えて連鎖し受け継がれていく。世襲されることで、格差は加速度的に広がっていく」
不安ばかりあおるような文言がこれでもかと続くが、これを実感している方も少なくないだろう。
少し前から聞こえてきた「親ガチャ」という言葉も、この記事と表裏をなす言葉だろう。
本書『羊の国の「イリヤ」』は、この記事が「階級社会」と呼ぶその「階級」を、見る間に転落していった男の話である。
男の名は「入矢悟(いりやさとる)」。中堅の食品メーカーに勤める50歳のサラリーマンだ。千葉の我孫子に住居をかまえ、東京の五反田まで毎日通うホワイトカラーである(「ダイヤモンド」の記事だと「新中間階級」もしくは「正規労働者」に当たる)。
入矢の勤務先は同族経営のワンマン会社(経営者一族は「ダイヤモンド」では最上位の「資本家階級」に当たる)。ところが、経営を刷新しようと、食材偽装の内部告発を図った役員に協力したところから、入矢の人生は一気に暗転する。
八王子にある子会社に出向、我孫子から片道2時間かけての出勤が始まり、部長の肩書きは名ばかりで外国人労働者らに混じってのライン作業、倉庫作業に駆り出され、現場での目に余るパワハラ、セクハラを指摘するとしっぺ返しに遭い、あげくは本社の同僚に嵌められて警察に捕まってしまう。会社はクビ、職を失ったところで妻子にも捨てられ、家も金も取られてしまう──。
本書の原稿を読みながら思ったことは、自分も何かのきっかけで、こうなる可能性があるということ。今いる場所はたまたま恵まれているだけで、小石一つにつまずいただけで、その場所を失うかもしれないこということだった。簡単に。
その先にある現実は、たとえば「週刊ダイヤモンド」の記事の背後に控える「現実」でもあるだろう。
ところで、主人公の名字に何か気づいた方なら、いま書いた「現実」も、まるで異なった様相で見えてくるかもしれない。
主人公・入矢を、さらなる悪夢のような深みへと連れて行く登場人物・四科田(しかだ)の開示する世界の姿、人生の姿はなかなかに味わい深い。
――などと堅苦しく書いてきたが、展開は「目くるめく」の一語に尽きる。一気読み必至である。
貴方は読み終えて何を思うだろうか。必ず何か思うはずなのだ。本書をぜひ手にとって、ご一読いただきたいと思う。
──『羊の国の「イリヤ」』担当者より
『羊の国の「イリヤ」』
福澤徹三