安藤祐介著『不惑のスクラム』創作の背景を著者に訊く!
涙を誘う、青春ラグビー小説がここに誕生!それぞれの事情を抱えながらボールを追う大人たちの姿に感動必至!そんな名作の創作の背景を著者にインタビューします!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
社会で闘う大人たちに
読んで涙してほしい
青春ラグビー小説
『不惑のスクラム』
KADOKAWA
1600円+税
装丁/坂詰佳苗 装画/民野宏之
トライすることを恐れず、何かに夢中に
なる瞬間を大事にできるならそれでいい
安藤祐介
●あんどう・ゆうすけ 1977年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。在学中は音楽活動に熱中し、「学生ラグビーにも全く無縁でした」。学習塾、ITベンチャー勤務等を経て、2007年『被取締役新入社員』で第1回TBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞しデビュー。著書は他に『営業零課接待班』『宝くじが当たったら』『ちょいワル社史編纂室』『大翔製菓広報宣伝部 おい!山田』『テノヒラ幕府株式会社』等。170㌢、58㌔、A型。
たとえ過失であっても、人1人の命を奪った人間を、どう受け入れればいいのか。そんな正解のない問いを巡って大いに揺れ、不惑どころではない中高年集団が、安藤祐介著『不惑のスクラム』では老体(?)に鞭打ち、楕円のボールを一心に追うから素敵である。
〈不惑ラグビー〉。若くて30代後半、最高齢は90代ともいう熟年ラグビーの世界は現実にも存在し、不惑目前の安藤氏自身、とあるチームで約2年間、取材兼練習に励んできた。都内のグラウンドに練習拠点を置く〈大江戸ヤンチャーズ〉でも、元商社役員〈宇多津〉から花園出場経験者〈金田〉まで、顔ぶれは様々。そしてある時、職も家族も失って死に場所を求める男〈丸川〉が、足元に転がってきたボールをたまたま蹴り返したことから、物語は始まる。
〈老いてなお、やんちゃであれ〉が信条のヤンチャーズ最大の魅力は、立場も利害も関係ない〈掛け値なしの縁〉だ。しかし、丸川の加入や宇多津の病気離脱で足並みが乱れていくなか、彼らは各々の居場所をどう守るのか?
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「元々は前作の取材でベンチャー企業の社長さんに話を聞いた時に、ヤンチャーズの溜まり場として本作にも登場するニュー新橋ビルの蕎麦屋に連れて行かれたんです。ただ照れ臭いのか、仕事の話は全然してくれなくて、『それよりラグビーの話は書かないの?』『今度練習来いよ』って誘われたのが14年の1月。つまりW杯で日本が南アフリカに勝つ2年前です。今でもラグビー素人の私は、人気に便乗しようなんて発想自体、浮かびません(笑い)」
そもそも「球技は超苦手」という細身の39歳に、いきなりラグビーはキツすぎる。
「結局、練習でも鬼ごっこの味噌っカスみたいな感じで混ぜてもらって(笑い)。試合後の飲み会〈ファンクション〉にも参加しましたが、休日は別の顔があるというのがまず面白いし、来る者は拒まずで懐が深い。体力も経験値も違う面々が、ラグビーが好きというだけで集まっている、シンプルで清々しい空間でした」
その懐の深さが、「ここにもし過去に罪を犯した人間がいたら?」という着想に繋がったというから驚く。
丸川は6年前、通勤電車で痴漢を疑われ、犯人扱いする男性客を蹴ってしまう。相手は打ち所が悪く死亡。傷害致死で懲役6年の刑を受けた彼は、妻に離婚を申し入れ、当時2歳だった娘は父親を覚えていない。出所後の日雇いで食い繋ぎ、ネットカフェで寝る生活に疲れ、いっそ自殺しようと出掛けたのが江戸川の河川敷。そこでは中年男たちが熱心に練習に励み、不意に蹴り返した丸川のボールは見事な弧を描く。フルバックだった高校時代、県大会準々決勝で外してしまったドロップキックは、皮肉にもこんな時だけ決まるのだ。
「それこそパスを前に投げると反則になることすら知らなかった私ですが、子供の頃、日本の選手がどこかの強豪国に一矢報いた50㍍級のドロップゴールは偶然テレビで見たことがあった。その美しい放物線が鮮烈で忘れられなかったんです」
普段は惑っている
くらいの方がいい
翌週、何とか部費を工面した丸川は、練習場にいた。チームでは彼を誘った宇多津が発起人、同社の〈緒方〉が主務を務め、それ以外は職種もバラバラ。ロックの〈陣野〉によれば〈この居場所、いい場所!〉らしく、その後、癌に倒れた宇多津は過去を全て告白した丸川に言う。〈大丈夫。みんな互いの身の上なんて興味はないから〉〈生きてなんぼだ〉
本書では各章の語り手をヤンチャーズの面々が交互に務める。例えば2章では〈モンスター社員〉の扱いに苦慮する陣野の管理職としての顔が描かれる。
陣野は〈糞害に憤慨する〉等々、渾身のダジャレまでパワハラ扱いされる空気や、仕事はできるくせに〈上司いびり〉で敵を作る部下を〈もったいない〉と思う。自身、若い頃は根拠のない自信で人望をなくし、部下には同じ失敗をしてほしくないからこそ、チーム一のお節介男はめげない。
また方は、新聞記者の〈麦田〉が丸川の過去を問題にした際、意見調整に奔走する。本書は方の妻が〈どうしたらいいのかじゃなくて、どうしたいのかじゃないの〉と言うように、正しかろうが間違いだろうが〈掛け値なしの気持ち〉を伝える大切さに、緒方やチーム全員が気づく成長物語でもあるのだ。
「彼はもう罪を償ったという人もいれば、遺族感情を思えば一緒にラグビーなんてできないという人もいて当然で、それでも〈グラウンドで会おう〉という言葉一つで繋がれる世界を私は書きたかった。仲間の全てを知るはずもなく、人生の一部だけで繋がる絆がこんなに強くて清々しいのかと、私自身が教えられたので」
彼らは全力でスクラムを組み、ボールを追う時だけは、〈死ぬ気〉になれた。裏を返せばその一瞬さえあれば大いに惑っていいのだ。
「例えば宇多津は南方帰りの父親の〈端数の人生の始まりに生まれた、端数の子供〉として常に〈生まれてこなかった自分〉を想像し、丸川も不運も含めた幾つもの縁がラグビーとの再会に繋がった。様々な人生の中のたった1つを生きているのが自分自身でも不思議に感じることはあるし、死を覚悟した丸川でも思い切りタックルするのは怖いし痛い。普段は惑っているくらいの方が人間臭くて、ちょうどいいと思うんです」
またゴールよりトライの点数が高かったり、前に進むために後ろにパスをしたり、ラグビーの一々が人生と重なった。
「本来はトライでゴールの挑戦権を得て、5点を7点に変換するのがコンバージョンキックらしい。そうか、挑戦することに価値があるのかと、私が素人だから気づいたことです(笑い)。
他にもワンフォーオール、オールフォーワンなど普遍性には事欠かなかったし、不惑のスイングでも仕事でも、本当は何でもいいんだと思う。トライすることを恐れず、何かに夢中になる瞬間を大事にできるなら」
勝利にはもちろん拘るが、試合後はバカ騒ぎに興じ、敵味方なく羽目を外す。そして翌朝は社員や父親の顔に戻る日常との往復が彼らの人生を少しずつ前進させ、頑なで謝ってばかりいた丸川が〈ありがとう〉と言えるようになる、そんな小さいようで大きな変化も、仲間との縁があってこそ。つくづくラグビーはというより、人間は素晴らしいと思わせる、いい小説だ。□
□●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト2016年5・6/13号より)
初出:P+D MAGAZINE(2016/05/05)