採れたて本!【デビュー#21】

採れたて本!【デビュー#21】

 このところ日本の出版界は、何度めかのホラー・ブームに沸いている。宝島社は、初の年間ベストホラームック『このホラーがすごい! 2024年版』を刊行(小田雅久仁『』と背筋『近畿地方のある場所について』が国内部門1位を分け合った)。そして東京創元社では、創業以来はじめてのホラー系新人賞となる「創元ホラー長編賞」を公募し、今年1月に受賞作が決定した。これは常設の新人賞ではなく、1回かぎりの開催(選考委員は澤村伊智と東雅夫)。応募作206編の中から栄冠を射止めた上條一輝のデビュー長編『深淵のテレパス』が、この8月に刊行された。

 著者はもともと「加味條」名義で、Webメディア「オモコロ」などに記事を寄稿する人気ライター。中には「おかんぎょさま」など、実話怪談系のネタもあり、満を持してのホラー小説家デビューということか。

 
「変な怪談を聞きに行きませんか?」

 小説は、PR会社で営業部長を務める高山カレンが営業部の部下から怪談イベントに誘われる場面で幕を開ける。早稲田大学(作中では大隈大学)のサークルが主催するイベントだという。

 あまり気が進まないままこの怪談会に参加したカレンは、退屈な時間を過ごす。だが、何人めかに登場した女子学生は、なぜかまっすぐ彼女を見つめ、「あなたが、呼ばれています」と静かに語り出した。「私は、暗い水の底にいます。暗く、危険な場所で、あなたを待っています……」

 その日を境に、高山カレンの日常は少しずつ怪異に侵食されはじめる。暗闇から聞こえてくる「ばしゃり」という異音。ドブ川のような悪臭。これは呪いなのか?

 いずれにしても、このままでは生活もままならない。思いあまった彼女は、YouTube で動画を見た『あしや超常現象調査』に助けを求める……。

 
 小説が本格的に動き出すのは、銀座近くの小さな映画宣伝会社に勤務する〝僕〟こと越野草太が語り手として登場する第二部から。越野の直属の上司で、180センチ近い長身の辣腕社員・芦屋晴子こそ、『あしや超常現象調査』の創立者というか張本人だった。越野は上司の晴子さんに半分強要されて、プライベートな時間を超常現象調査に捧げている。

 依頼を受けて高山カレンのマンションを訪れた二人は、室内のあらゆる隅々まで煌々と光に照らされている「家電量販店の照明コーナーみたい」な異様な光景を目にすることになる。

 超常現象を記録するための撮影機器その他をセットする一方、二人は怪談イベントの背後について調べはじめる。やがて、問題の怪談会の過去の参加者のうち、消息が知れなくなった人物がいることが判明する。彼らに共通項はあるのか? 怪異の発生源はいったいどこなのか? 怪異に憑かれた人間の身に何が起こるのか?

 
 タイムリミットサスペンスの要素も孕みながら、物語は(『リング』以後のJホラーの王道でもある)ミステリーとホラーが重なる領域を進んでいく。選考委員でもある澤村伊智のデビュー作『ぼぎわんが、来る』(およびそれに始まる〈比嘉姉妹〉シリーズ)の嫡流と言ってもいいだろう。

 わずか250ページの中にさまざまなアイデアとキャラクターと怪異が詰め込まれ、クライマックスは大都会東京のど真ん中(まあ、昔風に言えば「都の西北」だけど)ですさまじいスペクタクルが展開する。実在の土地をモデルにリアルかつ現代的な都市ホラーを成立させているところもポイントが高い。

 
 唯一個人的に疑問だったのは、全然違う内容(昔風の超能力SFとか)を想像させるタイトル。応募時タイトルの「パラ・サイコ」に選考委員ほかから注文がついて改題したらしい。そりゃ改題すべきだろうけど、どうせなら「あなたが、呼ばれています」でよかったのでは。創元ぽくないか。

深淵のテレパス

『深淵のテレパス』
上條一輝
東京創元社

評者=大森 望 

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第22回
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.165 BOOKアマノ布橋店 山本明広さん