採れたて本!【歴史・時代小説#34】

羽生飛鳥は、『歌人探偵定家 百人一首推理抄』『賊徒、暁に千里を奔る』など歴史を題材にしたミステリーで注目を集めている。朝廷と鎌倉を繫ぐ関東申次を務める西園寺公宗の正室で、日記「竹むきが記」を書いた日野名子を主人公にした本書も、足利尊氏が仲の良かった弟の直義を鴆毒で殺したという噂の真偽を確かめるミステリーの要素はあるが、歴史小説色が濃くなっている。タイトル、および女性視点で『太平記』を読み替える趣向は、女性の登場人物を使って『平家物語』の世界を再構築した吉屋信子『女人平家』を意識したのではないだろうか。
名子と公宗が『平家物語』について語ることで仲を深めたり、平家一門ながら壇ノ浦の戦いの後も生き残った頼盛の末裔が公宗だったりと、本書は『平家物語』も重要な役割を果たしている。そのため、頼盛を探偵役にした著者の『蝶として死す 平家物語推理抄』『揺籃の都 平家物語推理抄』を事前に読んでおくと、本書がより楽しめる。
鎌倉幕府の裁定で、持明院統と大覚寺統から交互に天皇を出すことになっていたが、大覚寺統の後醍醐天皇は、自分の子を天皇にするため鎌倉幕府の打倒を計画するも事前に露見し逃走した。これで持明院統の光厳天皇が即位し、父が持明院統に仕えている名子は典侍に任じられる。皇統が2つに分かれても幸福に暮らしていた名子だが、自身の血統を天皇にしたい後醍醐院の欲望により、院に味方する武士が増え、叛乱を鎮圧するために京へ向かった尊氏(当時は高氏)が院の味方につき六波羅探題を攻め、建武の新政後は天皇と武士の対立が深まるなど、太平とはほど遠い世の現実を目にする。
名子は、飢えた民に食糧を与え、能力で人材を登用した後醍醐天皇は名君ではあるが、大きすぎる欲望が世を乱したと考えている。その余波は、母の身分が低いため家が継げず、後醍醐天皇に付いて出世しようと兄の公宗と対立する公重のように、多くの公家、武家を巻き込んでいく。これは戦争が起こる普遍的なメカニズムに切り込んだといえ、平穏に暮らしていた人たちが、否応なく戦乱に引き込まれ人生を翻弄される展開は、緊張が高まる東アジアで生きている現代の読者には生々しく感じられるだろう。長く伝承してきた文化、教養を守ろうとする名子たちと、刹那的な栄達を求める人たちの対比が、戦争の愚かさを強調していた。
仏教に救いを求めた名子は、怨念の連鎖を断ち切る方法を学ぶ。これらが伏線となり明かされる尊氏が直義を毒殺したとの噂の真相は、観応の擾乱を独自の解釈で捉える歴史ミステリーとしても、意外な動機を提示するホワイダニットとしても秀逸である。それだけでなく、戦争を引き起こす悪因を断ち切るヒントも与えてくれるのである。
評者=末國善己