「推してけ! 推してけ!」第57回 ◆『探偵小石は恋しない』(森 バジル・著)

「推してけ! 推してけ!」第57回 ◆『探偵小石は恋しない』(森 バジル・著)

評者=若林 踏 
(ミステリ書評家)

徹頭徹尾、企みに満ちた本格ミステリ


キャラクター、ミステリとしての技巧、物語の題材。この3つが見事に嚙み合ったミステリである。

 森バジルは2023年に『ノウイットオール あなただけが知っている』(文藝春秋)で第30回松本清張賞を受賞し単行本デビューした。『ノウイットオール』はジャンル横断的な魅力を持つ作品だったが、単行本2作目の『なんで死体がスタジオに!?』(2024年、文藝春秋)はバラエティ番組の収録現場で起こった事件をスリリングに描く、ど真ん中のミステリ小説だった。同作で森はミステリというジャンルに絞って直球勝負が出来る作家である、という認知を広げたはずだ。さて、3作目はどんなジャンルで勝負してくるのか、と思っていたところに出たのが『探偵小石は恋しない』である。またしてもミステリ読者にストレート勝負を挑んできたか。

 まずキャラクターの設定が良い。主人公の私立探偵・小石は重度のミステリオタクで、本格謎解き小説に出てくる不可能犯罪を解く名探偵に憧れている。どれくらいミステリ好きなのかというと、探偵事務所の相談員である蓮杖に「初心者向けの作品」として京極夏彦の『魍魎の匣』を薦めるくらいだ。うん、ちょっと周りが見えていないタイプのファンだな、これ。だが名探偵への強い憧れに反して、小石の探偵事務所に舞い込むのは不倫や浮気の調査など色恋沙汰のトラブルばかり。それもそのはず、小石は自身でも「死ぬほど得意なんだよね」と認めるくらい〝色恋案件〟の調査に長けた探偵なのだ。

 大事件を手掛けたい探偵が浮気調査ばかりの日常にうんざりする、というのは私立探偵小説のパロディなどではお馴染みである。本書はそういうユーモアミステリなのか、と思って誰もが最初は頁を捲るだろう。だが、しばらくして読者は気付くはずだ。

 本書は徹頭徹尾、企みに満ちた本格謎解き小説である、と。

 以下は興を削がない程度に本書の謎解きミステリとしての魅力に触れておく。

 第一に謎解き小説の多種多様な技巧や趣向が複合的に絡み合い、組み込まれていることがある。謎解きミステリと一口に言っても、このサブジャンルが内包する技法は様々である。本書では切れ味鋭い論理で唸らせる小気味よい推理が披露されるかと思えば、風景が一変する様な大仕掛けが炸裂する、といった具合に手を替え品を替え本格謎解きの醍醐味を堪能させてくれるのだ。特に中盤以降の展開に詰め込まれたアイディアの量は豊富であり、謎解きミステリにおけるありとあらゆる技巧と趣向の見本市のように感じるだろう。

 第二に手がかりの配置の妙がある。本書には大小さまざまな謎が描かれていくのだが、それを解くための手がかりのちりばめ方が非常に巧妙なのだ。物語の序盤にさり気なく書かれていたことが終盤の謎解きに使われる、あるいは物語の枝葉と思われた部分が実は重要な手がかりとして浮上する、といった場面に幾度となく読者は出くわすだろう。小説内の描写が無駄なく謎解きに収斂していくことで、本書は巧緻な技術で作られた寄せ木細工のような印象を与える作品になっている。

 色恋案件は嫌いなのに不倫調査が得意、という探偵役の設定上、物語内では必然的に恋愛というものに対する言及が多く盛り込まれている。好感を持ったのは、そうした恋愛に関する言及が表層的なものに留まらず書かれている点だ。作中では「世の中が恋愛ファンすぎるんだよ」という台詞とともに、社会に流布するコンテンツの多くが「みんな恋愛の話が好き」という前提のもとに提供されていることへの違和が書かれる場面がある。では、「とりあえず恋愛を入れておけばOK」という態度とは違う形で恋愛と向き合い、現代の読者を納得させる物語を書くことは出来るのか。邪推だが本書にはそうした問いへの試みが書かれているのではないだろうか。もし試みているのだとしたら成功だと思う。それも謎解きミステリの優れた技巧と、これ以上ないくらいにマッチさせた形での大成功である。

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探偵小石は恋しない

『探偵小石は恋しない』
著/森 バジル


若林 踏(わかばやし・ふみ)
1986年生まれ。書評家。ミステリ小説のレビューを中心に活動。「みんなのつぶやき文学賞」発起人代表。単著に、話題の作家たちの本音が光る対談集『新世代ミステリ作家探訪』『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』がある。

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