◉話題作、読んで観る?◉ 第34回「すばらしき世界」
脚本・監督:西川美和/出演:役所広司 仲野太賀 六角精児 北村有起哉 白竜 キムラ緑子 長澤まさみ 安田成美 梶芽衣子 橋爪功/配給:ワーナー・ブラザース映画
2月11日(木)より全国公開
映画オフィシャルサイト
これまでオリジナル脚本作にこだわってきた西川美和監督の、初となる原作ものの映画化。西川監督が惚れ込んだのは、『復讐するは我にあり』などで知られる作家・佐木隆三の『身分帳』。1990年に発表されたノンフィクション小説を原案とし、時代設定を現代にアレンジすることで、笑いあり涙ありの身近な人間ドラマに仕立てている。
物語の主人公となるのは、過去に殺人を犯した元ヤクザの三上(役所広司)。身寄りのない三上は、人生のほとんどを塀の中で過ごしてきた。曲がったことが嫌いな半面、融通が利かず、感情の爆発をコントロールできない性格だった。
旭川刑務所を出所した三上は、身元引き受け人を務める弁護士夫婦(橋爪功、梶芽衣子)の世話で都内の安アパートを借り、社会復帰を図ることに。だが、運転免許証は無効となっており、就職活動もままならない。フリーのテレビディレクター・津乃田(仲野太賀)は三上を被写体にしたドキュメンタリー番組を企画するが、普段は明るい三上がふとしたきっかけで見せる凶暴さに腰が引け、思わずカメラを捨ててしまう。世知辛い社会に自分の居場所を見つけることができない三上は、ヤクザ時代の兄弟分だった下稲葉(白竜)に誘われ、九州へと向かう。
誰にもかまってもらえず、純粋すぎるがゆえに三上は社会のはみ出し者となってしまった。『三度目の殺人』などで犯罪者役をたびたび演じてきた役所が、愛嬌のよさと癒しようのない孤独を抱える三上の二面性をごく自然な形で演じてみせる。刑務所生活が長かったために浦島太郎状態の三上が巻き起こす悲喜劇を、観客の目線で追う津乃田役の仲野も好演。三上の表層的な部分しか見ようとしなかった津乃田が、物語後半からは三上をひとりの人間として見つめ、距離を縮めていく姿に魅了される。
本作に興味を持った人は、英国の社会派ケン・ローチ監督の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』もぜひ観てほしい。日本だけでなく欧米でも、社会格差はますます広がりつつある。システム化された社会から弾き出された人間を救えるのは、システムの改善だけではなく、人間の心なのだということを痛感させられる。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年2月号掲載〉