▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 金子玲介「明日地球が無くなるとして」

「大どんでん返しExcellent」第13話

 潮風。水平線。集まって舞う、ウミネコの声。

「もしさ、」心那がうすい唇をひらき「明日地球が無くなるとして、どう?」

「……どう?」ぱさつく髪を耳にかけ「どうって?」問い返す。

「なにする? 帆乃は」子どもっぽい笑みを浮かべ「明日、地球が、無くなるとして」

「今そんな話する?」

「いいじゃん別に、今したって」

「……なんかベタじゃない?」

「いいじゃん別に、ベタでも」

「えー、どうだろ。なにしよ」あごを軽くつまむ。汗で流れた日焼け止めが、指先でぬめり「明日?」

「明日」

「明日って、いつ」

「いつって、え、明日」

「明日の何時」

「……12時?」

「昼の?」

「昼の」

「じゃあもう、あれだね、24時間ない」

「そうなん?」心那が短パンのポケットに手を突っ込み「ちがうわスマホ置いてきたんだった」戻した手を、気まずそうに揺らし「なんで時間わかんの」

「陽の感じで」白すぎる太陽が、少し低い位置から、海面を照らしている。「2時くらいじゃない?」

「すご」心那が笑い「てか暑。2時っていちばん暑いんだっけ」手の甲で、まぶたの汗を拭い「こんな暑いっけ、毎年、夏」足元に置いた、空のペットボトルを見遣り「買っときゃよかった。もう1本ぐらい」

「……ね」

「ポカリとか」

「あーポカリ最高。夏に」遠く広がる海が、ちかちかと瞬いて「てか地球無くなるってなに? どういうあれ?」

「無くなる。もう綺麗さっぱり」

「……膨張した太陽に、地球が飲み込まれるってこと?」

「知らんけど、いいよ、それで」

「みんな死ぬってこと?」

「そう」心那が頷き「みんな死ぬ」

「みんな死ぬのかぁ」丸まった背を、少しだけ伸ばし「みんな死ぬなら別に、このまま過ごすかな」

「え~? そう?」

「うん。だって最後の最後に焦っても、って感じじゃない?」

「まぁ、そうかも?」

「うん」まばゆい照り返しに、目を細め「部活引退したし、トモくんとも別れたし」

「あぁ」

「ちょうど今、わたし、ひと区切りついてるっていうか」波の音が、穏やかに、規則的に響き「心那は? 心那はいろいろあるよね?」

「あー、あたしは、まぁ、そうね、でも、あたしも、かな」心那も目を、糸みたいに細め「やりたいこと、特にないかな。やり切った感は、まぁまぁある」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「いいの? 受験は? 獣医の夢は?」

「別にもういいかなぁ」

「……えー」

「まぁなんかになんなきゃいけないなら、って感じで、無理にこしらえた夢だしね。小4か小5の、道徳の授業かなんかで」

「家族に会いたいとかは? ないの?」

「けさ会ったし、感謝は日々伝えてる」

「食べたいものは? あと行きたいとことか」

「あのホットドッグ美味しかったし、いいかな。行きたいとこは、ここじゃない? ずっと帆乃が、もう10年くらい言ってたよね? 幼稚園の頃から。おばあちゃんちの近くの海、めっちゃ綺麗だから連れてきたい、って。やっと来れて、満足。実際めっちゃ綺麗だし。これ以上は、うん、大丈夫」

「そか」ちいさな相槌を、波の音がさらう。

「だから別に、いいかな。明日地球無くなっても。というか、うん、無くなるんだよ、きっと。明日地球が無くなって、みんな死ぬ。あたしも、帆乃も、あたしたち以外も。そういうことにしようよ。みんな、全員、死ぬ」

「ごめん」絞り出した声が、震える。

「なにが?」心那の声も、震えている気がする。「……謝るのだけやめてくんない?」

「ごめんね、わたしが、沖まで行こうとか言っちゃって。叔父さんのボート、操縦できるとか言っちゃって」

「いいよ別に」心那が首を振り「あたしも行こ行こ~って乗っかっちゃったし。燃料まだあるか、ちゃんと確認すればよかったし」

「よくないよ」

「いいよ。どうせ明日、みんな死ぬんだし」

「よくない」掠れた声が、波間に消える。

 前も後ろも、右も左も海で、他の船はどこにも見えない。ウミネコが頭の上を飛び交う。

「あたしは平気だから。気にしないで。あたしはもう、人生満足だから」

 潮風が、首すじの汗を冷やす。

 明日地球が無くなるとして、多分わたしたちに、明日は来ない。

  


金子玲介(かねこ・れいすけ)
1993年神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。「死んだ山田と教室」で第65回メフィスト賞を受賞。2024年5月、同作が単行本化。他の著作に『死んだ石井の大群』『死んだ木村を上演』がある。

◎編集者コラム◎ 『今、出来る、精一杯。』根本宗子
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