〈第1回〉浜口倫太郎「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記

「ワラグル」スピンオフ小説

崖っぷち漫才師がお笑いコンテストを
目指す笑いと涙と戦慄の物語
「ワラグル」
刊行記念スピンオフ短期集中連載!

4月23日 from 瀬名(せな)

 『スマイリー』の瀬名です。ラリーさん、まずは一言お礼を。俺達スマイリーに付いてくださってありがとうございます。ラリーさんにご指導ご鞭撻(べんたつ)をいただき、今年の『KING OF MANZAI』の決勝進出を目指したいです。あっ、別に文章だからといって正式名称でなくていいですね。なんとしても『KOM』の決勝に行きたいです。

 ラリーさんにはこの日記には自分の本音を包み隠さずに書けと言われましたが、正直そういうのは苦手です。感情を表に出すというのが俺は嫌なんです。でもこの日記はラリーさんしか読みません。ラリーさんにメールで送るだけなので。だったらどうにか頑張って、日記を書いてみたいと思います。

 これから何卒(なにとぞ)よろしくお願いします。

 

4月24日 from 瀬名

 すみません……ラリーさんのご指摘通り、前日の日記は嘘をつきました。本心を書かないのならば俺が付くという話はなしだと怒られたので、もう腹をさらけ出して書くしかありません。

 今日のお題は『ラリーさんのことをどう思うか? なぜラリーさんに付いてもらうことに決めたか』ですね。

 ラリーさんを尊敬しています……そう書きたいところですが、嘘やお世辞はもう書けませんね。正直ラリーさんの印象は、ラリーさんのあだ名の通り『死神』そのものです。

 まずラリーさんの外見はおっかなすぎです。頭はまっ白で頬に痛々しい傷跡、しかも全身黒服ってアニメの悪役そのものです。放送作家ではなくて悪の秘密結社の総統だと思っていました。

 しかも舞台袖で芸人達のネタを見るだけで、アドバイスも何もしてくれないんですから。この人俺らに嫌がらせをしてるんかなと不快に思っていました。怒らないでくださいよ。本心を書けとラリーさんに言われたから書いているんです。

 いつも一言も喋らないラリーさんが、俺らに付いた途端背筋も凍るような声でダメだししまくるんで、俺、膝の震えが止まらなくなりました。昔、キックボクシングをやっているヤンキーにカツアゲされたとき以上にびびりました。

 よし太(た)にいたってはマジで小便ちびっていました。だからあいつ、今ラリーさんに稽古してもらうとき、パンツの替えを何枚も持ってきています。

 『フットバス』の味園(あじぞの)さんから、ラリーさんに付いてもらってKOMに優勝したと聞かされたとき、俺は味園さん特有のつまらないボケやと思いました。よくある売れている芸人は仕事ではキレキレやけど、プライベートではその反動でおもんないボケを言いたくなるやつだと。

 でも本当にラリーさんのおかげで優勝したと味園さんは断言します。そして真顔で、「ラリーさんに付いてもらえ」って言ってくるんです。

 たぶん味園さんは気づいていたと思うんです。俺はこのままだと芸人を辞めるなって……そして実際、その懸念は当たらずといえども遠からずでした。

 スマイリーは今年で芸歴九年目です。俺たちは同期に比べると、最初に売れた方です。レギュラー番組もすぐにもらえたし、バイトをせずとも食べられる状態になりました。街を歩けば顔を指されました。

 今は大阪限定の人気だけど、この調子でいけば東京の番組からもお呼びがかかるだろう。そうすればすぐに全国区の人気者になれる。そうたかをくくっていました。

 けれど現実はそうではありませんでした。俺たちは九年間その状態でした。大阪の一部の人間が知っている芸人のままです。ずっと足踏みしているんです。

 その間に後輩達が俺たちスマイリーを追い越し、東京で活躍していきます。

 ラリーさんはご存じではないかと思いますが、俺はどちらかといえばリーダータイプの人間です。

 だから後輩の面倒はよくみていました。昔から後輩を可愛がり、俺たちが主催のライブに呼び、酒と飯をおごってはアドバイスし、「おまえらおもろいんやからいつか売れるって」と励ましていた後輩達が、いとも簡単に俺たちより売れていきます。

 しばらくすると、後輩の冠番組に俺たちがゲストで呼ばれることも多くなりました。最初はその状況が悔しくてなりませんでした。屈辱のあまり喉が詰まって声が出なくなったことがあります。

 ですが時が経つにつれ、そんな状況にも慣れて何も感じなくなっていた自分がいたんです。人は人、自分は自分、俺たちには俺たちのペースがある。そんな達観したような気分にさえなっていました。

 けれどその気持ちが揺さぶられる事件が起きました。

 ラリーさん、『田舎芝居』の晴吉(せいきち)を知ってますよね。KOM決勝常連組で、今東京でも売れっ子になりつつある晴吉です。晴吉は俺がデビューしたときから可愛がっている後輩です。瀬名軍団の筆頭です。

 あるとき俺と仲のいい作家の牧野(まきの)が教えてくれました。牧野と晴吉が呑みにいったとき、晴吉がこう言っていたと。

「今は俺たちの方が先に東京に行っていますけど、すぐにスマイリーさんが東京で活躍します。そのとき俺は瀬名軍団としてスマイリーさんを後押ししたい。瀬名兄さんが誰よりも凄いって俺が日本中にわからせる」って。

 それを聞いて、俺は思わず泣いてしまいました。人前で泣くことはおろか、ここ何年も涙の一粒すら落としたことはありません。

 誤解しないでください。感動したんじゃありません。晴吉に気を遣わせてしまっているスマイリーの現状が申し訳なくて仕方なかったんです。おそらく晴吉は、牧野伝いで俺の耳に入ると思って、そんなことを言ってくれたんでしょう。

 兄さん、兄さんと慕っていた自分が、今スマイリーよりも上の立場にいる。そのことを晴吉は心苦しく感じていたんです。さらに俺の売れたいという意欲が感じられないふぬけた現状に、腹を立てていたのかもしれません。

 その直後にKOMも準々決勝で敗退しました。ご存じの通り、田舎芝居はその年のKOMで準優勝です。

 これならばいっそ中途半端に売れない方がよかったとすら思いました。売れずにいれば、おそらく俺はもう芸人を辞めていたでしょう。元々人気者になりたいというだけで目指した芸人の道ですから。ぶっちゃけ芸人じゃなくてもミュージシャンでもなんでもよかったんです。

 こんな売れたか売れていないかの狭間(はざま)を漂う宙ぶらりんの状況が延々と続くならば、もう辞めた方がいいだろうか。周りの同級生は社会人として着実な人生を歩み、家庭を持っているやつも多いです。この前高校の友達の結婚式に行ったとき、なんだか自分が惨めでなりませんでした。

 気がかりは相方のよし太ですが、あいつには誰にも負けないキャラがあります。俺が相方でなくても別に大丈夫でしょう。他の相方を見つけた方があいつは売れるかもしれません。

 とはいえ辞めて何をすればいいのか? 俺は芸人という生き方しか知りません。今から社会人として働くことを想像すると、背筋が凍りつきます。満員電車に揺られるサラリーマンを馬鹿にしていましたが、それに自分がなるんです。いや、三十歳で芸人の経験しかないやつはサラリーマンにすらなれません。

 退くも地獄、進むも地獄です……そう悶々(もんもん)としていたときに、味園さんがラリーさんを紹介してくれたんです。

 ラリーさんが付いてKOMの決勝に行けなければ、芸人を辞めなければならない。ラリーさんが付いてくれるためのその条件を聞いて目を丸くしましたが、すぐに俺は受け入れました。とんでもないと拒絶する気持ちは一切なく、内心どこかでほっとしました。自分自身で将来の道を選ぶことができなかったからです。

 味園さんは俺のその気持ちに気づいて、ラリーさんを紹介してくれたのでしょう。味園さんは俺に引導を渡したのかもしれません。どう考えても今のスマイリーが決勝進出するなんて不可能ですから……でもそれでいいです。この機会を与えてくれた味園さんには感謝しかありません。  こんな長々と自分の胸のうちを書いたのははじめてです。失礼なことを書いたのでラリーさんに読まれるのが怖いですが、よろしくお願いします。

(つづく)

 


「ワラグル」スピンオフ小説 芸人交換日記 アーカイヴ

ワラグル

『ワラグル』
浜口倫太郎

 浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう
1979年奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て、『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『シンマイ!』『廃校先生』『22年目の告白─私が殺人犯です─』『AI崩壊』『お父さんはユーチューバー』など多数。
◎編集者コラム◎ 『狩られる者たち』著/アルネ・ダール 訳/田口俊樹、矢島真理
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