浜口倫太郎『サンナムジャ ヤンキー男子がK-POPに出会って人生が変わった件』
ヤンキーアイドル
「今度息子が韓国のオーディション番組に出るので、見てくれませんか?」
ある日、知人からこんな連絡をもらった。
聞けば彼女の息子さんはK―POPアイドルを目指していて、韓国で練習生をしているそうだ。
その彼が、今度大型のオーディション番組に出演する。各国からアイドル候補生を集めて競わせ、最後に残った者をデビューさせるという番組だ。
番組名は、『BOYS PLANET』。略してボイプラだ。
正直K―POPアイドルに関してはなんの知識もなかった。かろうじてBTSを知っているぐらいだ。
彼の名前は、トヨナガタクト。当時15歳で、出演者の中でもかなりの若さだ。
僕の子供とも年齢が近いので、自分の子供を見るような感覚でボイプラを見ていたら、どんどんのめり込んでいった。
規模が破格な運動会を見ているようだった。
生存者発表式という、脱落者の名前が発表されるイベントがあるのだが、ハラハラドキドキしすぎて心臓が痛くなった。
タクトだけでなく、他の出演者も応援するようになった。僕の中では、ゴヌクとリッキーが推しだった。
ゴヌクとリッキーは最終メンバーに選ばれたが、残念ながらタクトは途中で脱落した。
しかしそのボイプラの自己紹介動画が、SNSでバズった。
「トヨナガタクト! トヨナガタクト!」
そのタクトの自己紹介ラップをマネる人が続出したのだ。
負けても爪痕を残す。タクトにはスターの資質があるみたいだ。
その動画の中でタクトが、「サンナムジャ」という韓国語を頻繁に使っていた。
調べてみると、「男の中の男」という意味だ。KーPOPアイドルがよく口にするそうだ。
そのサンナムジャというフレーズが、妙に頭の中でひっかかった。
男の中の男といえば、僕の中では高倉健か、昭和のマンガに出てくるガチガチのヤンキーだ。
ヤンキーとK―POPアイドル……。
オールドヤンキーが、アイドルになる話は面白そうだ(健さんが現代に転生してアイドルになる話も考えたが、各方面から怒られそうなので、自主的に却下した……)。
ボイプラとタクトのおかげで、K―POPが好きになったのと、元々韓国映画が好きだったので、そのお話が書きたくなった。
それと同時に頭に浮かんだのが、夏目漱石の『坊っちゃん』だ。
坊っちゃんは悪童小説と呼ばれ、ある種の主人公の原型的な存在でもある。『男はつらいよ』の寅さんなどはまさにそうだ。
粗野で暴れん坊だが、根は優しい。僕の中では、坊っちゃんは完全なヤンキーだ。
そんな坊っちゃんの唯一の理解者が、清というばあやだ。
だったらこの作品も、清のようなおばあちゃんが出てくる話にしよう。そうして、焼肉店の店主である、オモニというキャラクターが生まれた。
オモニの名前はマクタだが、日本語で「綺麗、澄んでいる」という意味で、清からつけさせてもらった。
舞台を高校にしたのは、高校生男子の青春もの、『ウォーターボーイズ』が好きだったので、あの感じでK―POPをやりたかった。高校生の男の子が頑張る話といえば、『ウォーターボーイズ』だ。
落ちこぼれた元アイドルを先生にして、ダメダメな生徒達と一緒にコンテストを目指すというのは、『がんばれ!ベアーズ』という映画のイメージ。このように、この作品は、とにかく自分の好きなものを詰め合わせてみた。
一方で、アイドルで生徒達にK―POPを教える殿上七海のキャラクターには気をつけた。
以前『廃校先生』という小説を書いたのだが、これはダメな先生が主人公だった。
そこで学んだのが、先生を完璧なキャラクターとして描かないということだ。
七海は典型的なダメな先生だが、人間というのは人に教えることで、自分も学んでいく。教えることは、教わることでもある。彼女が成長する過程をきちんと描くことに留意した。
ダンスについては、RYON・RYONさんに教えてもらった。安室奈美恵やMAX、Speedの振り付けを担当された、伝説の振付師だ。
安室さんが空手経験者なのでダンスがうまかったというエピソードを聞いて、主人公も空手経験者にさせてもらった。
表紙のビジュアルイメージは、簡秀吉さんにお願いした。秀吉さんの力強い目と凜々しい顔立ちが、僕がイメージしていた主人公そのものだった。
あらためてタクト、RYON・RYONさん、簡秀吉さんにお礼を申し上げます。
この『サンナムジャ』のラストで、七海がある台詞を発するのですが、それが現実になるかどうかは、読んでくださった読者の方々の力が必要です。
ぜひみなさまのお力で、実現させてください。
浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう)
奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『いつも二人で』『廃校先生』『お父さんはユーチューバー』など多数。
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著/浜口倫太郎