「推してけ! 推してけ!」第11回 ◆『ヴァイタル・サイン』(南 杏子・著)

「推してけ! 推してけ!」第11回 ◆『ヴァイタル・サイン』(南 杏子・著)

評者・西川史子 
(医師・タレント)

あまりに無常で、どうにもやるせない現実との闘い


 一言でいうと、医療現場の日常を当事者の目線でリアルに描いた小説。
 私にとっては身近に感じられる出来事の連続で、気が付くと、一気に読み終えている自分がいました。
 看護師さんからの目線で、多くの患者さんに感じること、そこから自分の人生について考えることなど、とてもリアルに描かれていると思いました。

 医療現場にいる人にしか見えないであろう、そして見せたくない場面がいくつもありました。
 やはり、医師である作者ならではの作品で、そこには、あまりに無常であったり、どうにもやるせない気持ちが赤裸々に描かれています。
 テレビドラマや映画では、医師や看護師が華々しく活躍して、まさに特別な存在として描かれていることもあるかと思いますが、私たちの多くの日常は、患者さんに寄り添い、目の前の小さな現実との闘いです。
 もちろん自分の存在によって、元気づけられたり、明るくなったり、勇気を持ってくれる患者さんがいることが、我々の大きな喜びや励みにはなりますが、反面、なかなか気を許してくれなかったり、心を開いてくれない方と接すると、悲しく、打ちのめされて悩んでしまうことがあるのも事実です。
 この主人公も、一人一人の患者さんへの真摯な思いがある分、(なにより診療が優先されるべきなのに、先輩、後輩との付き合い方など)現実とのギャップに悩んだりするところは、まさに医療現場の経験がある作者だからこそ描けることだと思いました。

 患者さんの描き方も、そうそう、あるあると思う具体的なエピソードばかりで、この本を読むことで、医療現場で起きている現実の一端を知ることができるはずです。
 認知症の患者さんを嫌がられながらもお風呂に入れたり、食事介助にしても、ただ食べさせたら良いのではなく、その人に合わせた量を考えたり、食後にはマウスケアをしたり。歩行器を使った患者さんの介助も、足元がふらつく時には、自らの体を張って支えて、自分が杖とならなくてはいけません。
 看護師の仕事が、いかに「診療の補助」よりも「療養上の世話」の方が圧倒的に多いのかということに、改めて気づかされます。
 現実でも、看護師の皆さんが、へとへとになってまで働いていることに、今さらながら頭が下がります。

 そして、時々でてくるナースのルールがとても勉強になります。同じ医療従事者である私などは当然なのかもしれませんが、そうでなくても共感できるところがあるのではないでしょうか。
 例えば、ナースのルール139「誠実であることは最も価値のあることである。決して妥協することなかれ。」、仕事の上では患者さんに信用され、受け入れてもらうためですが、何より生きる上で忘れてはいけない言葉ではないでしょうか。この言葉の持つ深い意味を理解し、実践できるようになりたいと思います。

 医療を行うには、医師だけでなく、看護師さんや医療スタッフすべての方がチームになって行わないと、何もできないのです。それぞれが違う役割を持っていて、特に看護師さんは患者と向き合いケアする重要な役割を担います。それは医師にはとうていできない大変な仕事です。
「白衣の天使」という言葉で表現されることが多いですが、看護師さんは患者さんにだけではなく、すべての周りの人に優しくて思いやりのある方が多いのです。
 私自身、仕事の上ではもちろんなのですが、私生活でもかなり頼りにしてしまうくらいです。

 この本を読むことで、「白衣の天使」の日常が垣間見え、知っていただけたら、そして患者さんのために、大変で崇高な仕事をしている看護師さんへの理解につながるといいなと思います。

【好評発売中】

ヴァイタル・サイン

『ヴァイタル・サイン』
著/南 杏子



西川史子(にしかわ・あやこ)
医師・タレント。1971年、神奈川県出身。聖マリアンナ医科大学医学部在学中に「ミス日本」を受賞。形成外科医としてクリニックで診察に携わる傍ら、各メディアで活躍中。

西川史子さん

〈「STORY BOX」2021年9月号掲載〉

辻 真先 ◈ 作家のおすすめどんでん返し 10
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.5 吉見書店竜南店 柳下博幸さん