「推してけ! 推してけ!」第36回 ◆『ビギナーズ家族』(小佐野彈・著)

「推してけ! 推してけ!」第36回 ◆『ビギナーズ家族』(小佐野彈・著)

評者=渡辺祐真/スケザネ 
(書評家)

家族を家族たらしめているもの


「狂気とて愛」さもあらば僕たちは小鳥を潰しながら抱きあふ(小佐野彈『銀河一族』より)

 家族を家族たらしめているものはなんだろうか。婚姻や戸籍といった制度か、それとも愛情や絆のような感情か。制度がなければ社会的な認知やサービスを受けることはできないし、感情がなければ充実した生活を送ることは難しい。なら両方あればいいかといえば、家族が故の暴力や悪感情もあるし、同性同士のカップルのように制度から排除される家族も存在する。いったい家族とは何か。そんな根源的な問いを、一組の男性同士のカップルを通して描いた作品が『ビギナーズ家族』だ。

 良家に生まれ、実業家でエッセイストとして活躍する大田川秋。大阪の一般家庭に育った、特別支援学校の教員の中島哲大。対照的な二人が交際を始めてから二年ほど経った頃、秋の異母弟である蓮を引き取り育てることとなる。物語は、秋と哲大、そして蓮が「家族」として生きていく様子が軸となり、蓮のミッション系名門私立小学校の受験、由緒正しい秋の実家との関係、同性同士のカップルとしての苦労など、多彩な展開が次々と巻き起こる。テンポのいいストーリーと映像的な言葉で、ぐいぐいと引き込みながらも、大切な問いはまっすぐに投げかけ、読む者を傍観者にさせない。

 それは、他ならぬ著者の小佐野彈が誰よりも考え抜いてきた問いだからだろう。歌人・小説家の小佐野は、名家に生まれ、小学校から名門私立学校に通い、そして同性愛者であることを公表している。同性愛や家族関係など本作のテーマのいくつかは過去の作品でも描かれていたが、養子縁組やパートナーシップといった家族制度、そして小学校受験というテーマは新しい。

 そこに共通しているのは、不確かな世界で確かなものを築きたいという欲求だ。我々は目に見えない能力や関係性を、同じく目に見えない制度や言葉で裏付けされることを望む。例えば、資格や権利、仲間だけのSNSグループなどは、利便性だけではなく、存在を確かにするための証として機能している。そしてその代表こそ夫婦だ。ただ愛情だけに支えられた関係を信じ続けられるカップルは多くない。だから、結婚という制度を利用するのである。

 そして、その確かなものは自分の近しい人間、特に子供にも施したくなる。今の世の中で、親が子供に授けられる確かなものといえば学歴である。それも、親の地位と財産が大きなウェイトを占める小学校受験は、確実性の高い継承である。まだ幼い子供には受験に対する意思決定はほとんどないが、親からすればそれによる将来の保障こそ子供への愛情に他ならない。

 本作では、家族をめぐる愛情と制度の問題と、親の愛とエゴイズムから将来の進路を与えることとが、複雑に絡み合いながら描かれている。その葛藤をより切実なものにしているのが秋と哲大のジェンダーであることは言うまでもない。明らかな性差別に遭う様は胸が苦しくなるが、彼らを優しく受け入れてくれる人々の多くも、無条件にではなく、彼らが優秀だったり、改革の旗印になったりするからという、実益を見越している。それは、表面化しないが故に残酷だ。だからこそ、恬淡と秋たちを受け入れてくれる「ママ友」の言葉が、秋を変えていく。愛することや認めることだけではなく、離れることや嫌うことも家族の形なのだと気付き、名実ともに彼らが「家族」となっていく様子を、ぜひ見届けてほしい。

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ビギナーズ家族

『ビギナーズ家族』
著/小佐野 彈


渡辺祐真/スケザネ(わたなべ・すけざね)
1992年生まれ。東京都出身。東京のゲーム会社でシナリオライターとして勤務する傍ら、2021年から文筆家、書評家、書評系 YouTuber として活動。毎日新聞文芸時評担当、著書に『物語のカギ』。

〈「STORY BOX」2023年6月号掲載〉

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