「推してけ! 推してけ!」第59回 ◆『沈黙と爆弾』(吉良信吾・著)

「推してけ! 推してけ!」第59回 ◆『沈黙と爆弾』(吉良信吾・著)

評者=内藤 了 
(小説家)

己の正義を自ら求める。それは正義か、それともエゴか


 小学館の警察小説新人賞は第四回の受賞作に吉良信吾氏の『沈黙と爆弾』を選出した。個人的な感想になるが、本賞は骨太で読み手の魂に響く警察(全般)小説を生み出しているという印象があり、今作の主人公も刑事ではなく監察課の警察官だ。

 警察における監察とは警察庁や都道府県警察が実施する内部監査および監督システムのことであり、組織の規律維持を任務としている。『警察の鑑』や『警察の中の警察』などと讃えられる反面、組織内部では『嫌われ役』の一面も持つ。職務とはいえ同僚の怠慢や規律違反、違法行為などを調査して懲戒処分へつなげるのだから、熱心に仕事をするほど怨みを買うし、自身の生活態度や規律維持に対して厳しい目が向けられるのは当然だろう。

 主人公の阿玉清治警部補は監察課のベテランだが、妻が万引きをしたことで出世の道を絶たれている。そんな阿玉はある日素行不良の刑事が起こした暴行騒ぎの調査を命じられた。調査対象者は飲み屋で騒ぎを起こした直後、爆発事件に巻き込まれて意識不明になっている。マスコミが爆発事件に注目するなか、組織の秩序と規律維持のために『穏便で無難な決着』をするのが阿玉の任務だ。家族を養うためには割り切るしかないと自分自身に言い聞かせ、任務に就こうとした矢先、阿玉は新人教育という名目で新米の船場新太とバディを組まされる。

 船場は何度も志願して嫌われ部署に異動してきた熱血漢だ。二人は上層部の思惑に反してな調査を進め、単なる『巻き込まれ事故』と思われた爆発事件の真相に近づいていくのだが、ほぼ時を同じくして阿玉に別の事件が降りかかる。それは失声症の息子が動物を虐待して殺しているという一報だった。

 

 本編の舞台は熊本県警本部である。そのため二〇一六年の熊本地震で震度七の揺れが二度も襲った状況や、震災から立ち上がろうともがく人々の有り様が、丁寧に、けれど決して大仰でなく描き出されている。吉良氏の筆致は実際を知る者の素直で謙虚な畏れに満ちて、読む者の心に囁き続ける。あの惨劇を、決して忘れてくれるなと。

 震災自体はメインテーマではないが、ショックで失声症となった阿玉の息子や、夫に迷惑をかけたと離婚を望む妻、阿玉や他の登場人物に奥深さとリアリティを与える。そうして描かれるのは、生々しく無力で間違いを犯し、けれど懸命に正しさを求めて前に進もうと闘う人間たちだ。警察小説ではあるけれど、本作は『人』を描いている。

 この作品には『立派な警察官』が出てこない。調査対象はこらえ性のない不良刑事で、爆発事件を目撃したのはギャンブル好きの警察官。阿玉は家庭に問題を抱え、バディは直情型の変人だ。監察の仕事が規律の維持という体面だけなら背景の調査は必要ない。非違事案の内容を書面に起こして適正な処分を下せば終わる。しかし阿玉と船場は事案の背景を調査する。その姿勢は声を失った息子の言葉を懸命に聞こうとする父親のようであり、万引きに走った妻の気持ちを必死に代弁する夫のようにも読みとれる。警察官とは何者か。個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持する組織の職員は、公共の安全と秩序維持の前では個人の権利と自由を犠牲にするべきなのか。あなたはどう思うだろうか。

『立派な警察官』は出てこなくとも、この作品には『まっとうな人間』がいる。悩み苦しんで血を流しながらも、誰かのために生きたいと望む人たちがいる。結局のところ、人を理解して助けられるのは覚悟を持てる人間だ。そんなふうに私は感じた。

 新人作家・吉良信吾が生んだ渾身のデビュー作には、それぞれの生き様と生々しい警察官の姿が描かれている。


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沈黙と爆弾

『沈黙と爆弾』
著/吉良信吾


内藤 了(ないとう・りょう)
長野市出身。長野県立長野西高等学校卒。デザイン事務所経営。2014年『ON』で日本ホラー小説大賞読者賞を受賞しデビュー。同作は「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズとしてホラー小説ファン以外からも広く支持を集め、2016年にはテレビドラマ化された。他の著作に「夢探偵フロイト」シリーズ、「警察庁特捜地域潜入班・鳴瀬清花」シリーズ、「警視庁異能処理班ミカヅチ」シリーズなど多数。

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