「推してけ! 推してけ!」第60回 ◆『山田太郎の話』(水沢秋生・著)

評者=吉田伸子
(書評家)
山田太郎は私たちのお守りだ!
山田ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
読み終わると、本書の主人公・山田太郎の名前を思いきり呼びたくなる。や、マジで。だってね、もう、愛おしくて、ありがたくてたまらないのだ、山田が。どっからどう見てもイケてるどころか冴えない、山田が。その存在が。
本書は、まんまタイトルそのもので、山田太郎の話だ。とはいえ、山田が表立って物語を動かしていくわけではない。山田が十代の頃から、彼とかかわった8人の人々の目を通して、物語は語られていく。
25歳のOL・近藤貴美子は、雨の夜、下ろしたての靴のヒールがマンホールの穴に挟まり、そのヒールを引っこ抜こうと悪戦苦闘している最中に、道を通りかかった山田と出会う。私立大学附属である中高一貫校の中等部の教師・寺田圭輔は、山田の担任だ。
青柳龍斗は27歳の山田が勤めることになったホストクラブ(!!)「ラマン」の先輩ホストであり、宇田川みゆは、山田の妹・華の小学校の同級生。戸澤修平は、なんでも屋である「株式会社ヘルプユー」で働く、山田の後輩だ。
谷林直緒子は、山田の母・桜が入所した施設の介護職員で、田所郁夫は「ヘルプユー」で働く人探しのプロ、夏木胡桃は山田の妹・華の息子である。
彼ら8人が、個々の章ごとの語り手であり、彼ら自身のドラマとともに、山田とのエピソードが描かれていく。これがね、すごく、いい。
貴美子は四大卒の総合職として入社した会社で、どれだけ仕事を頑張っても、所詮、女性は「職場の花」としてしか扱われないことに悩んでいる(設定が1998年なのだ)。折しも、職場の先輩である榎戸から一方的に別れを告げられてもいた(どうやらこの榎戸、貴美子と本社の〝えらいさん〟の娘と、二股かけていた模様。サイテーだな、榎戸!)。
そんな貴美子に追い討ちをかけるような〝ヒール〟事件。そりゃ、泣きたくもなるわ。けれど、そんな貴美子を救ったのが、山田なんですよ。貴美子がどんなふうにして山田に救われたのか、は実際に本書を読んでください。ラスト、貴美子と山田が二人で流れ星に願いをかけるシーンは、グッとくるよ、とだけ。
寺田とのエピソードでは、中学生だった山田がだした課題「十年後の自分」に山田が書いた言葉が紹介される。これがね、もうめちゃくちゃ響く。この山田の言葉が、本書を貫く太い芯になっていると私は思うのだけど、山田が書いたのは「一生懸命、生きている」だ。この言葉を中学生の山田が書いた、と思うと、それだけで胸熱じゃないですか。山田、お前ってやつは!
以降の章でも、こんな感じで、山田は一貫して自然体で山田なのだけど、その山田の在り方が、かかわる人にほんの少し、でもその後その人の人生の大事な鍵になるような、化学変化を起こす。
読み進めていくうちに、どんどんどんどん山田のことが好きになる。「ヘルプユー」の仕事で、結婚式の人数合わせに駆り出された時、戸澤はかつて「逃げるように辞めた」前職の同僚と鉢合わせてしまう。この元同僚が絵に描いたような嫌キャラで、前職で戸澤を追い詰めたやつでもあるんですが、戸澤に向かって、こう言うんですよ。「心配してたんだぜ、お前のこと。お前みたいなやつでも務まる仕事、あるかと思ってさあ……」
そこに山田登場。そいつが山田に「どうですか、こいつ。役に立ってますか。私は前の会社で一緒だったんですがね。本当に役立たずで。ご迷惑、お掛けしてるんでしょ」、とこうですよ。最低オブ最低だな、お前。そんなやつに山田はこう返す。「戸澤さんは」「優しい人です」と。「だから、社長も、僕も、ミサキさんたちも助かっています。戸澤さんが来てくれてよかった、といつも言っています。戸澤さんはかけがえのない人ですよ」「彼は、とても頑張っています」
山田には特段戸澤を庇ったとか、そういう意識はないんですよ、多分。ただただ、自分が思っていることをそのまま口にしただけなんだと思う。でもだからこそ、沁みる。だからこそ戸澤は思うのだ。「この人の言葉は、元同僚とは全然違う。それはきっと心の底から思ったことしか、口にしていないからだろう。いつも真剣に言葉を発しているからだろう」
ね、山田、いいでしょう。どのエピソードも、じゅわ~っと胸に沁みる。そして、思う。そうだよね、山田、十年後、いや、二十年後、いや、死ぬまでずっと。私たちは「一生懸命、生きて」いればいいんだよね。ただ、それだけでいいんだよね、と。頑張り度は人それぞれでいい。だから、生きていこう。山田のように。山田、君は今を生きる私たちのお守りだよ。
吉田伸子(よしだ・のぶこ)
1961年青森県生まれ。書評家。「本の雑誌」編集者を経てフリーに。主な著書に、『恋愛のススメ』など。





