「推してけ! 推してけ!」第68回 ◆『じぶんごととする』(吉川トリコ・著)

評者=古賀及子
(エッセイスト)
もう好きな服を終わらせない
20代前半の頃だから2000年とか2001年くらいのことか。上野にかつてあった、商業施設のABABのジルスチュアートで、淡いピンク色の細いベルトを買った。穴もバックルもない、薄い合皮の土台に、同じ合皮をギャザーにして縫い付けたものだ。両端についた紐でしばって装着する、機能性よりもファッション性重視のベルトだった。
この頃の私にとって、名のある店の品は高額で、おいそれと手が出せるものではない。翌日に予定されていた2対2の合コンに向け、なんとかなってくれと願う気持ちでバイト代をつぎ込んで買った。
合コン自体のことは、記憶がおぼろげだ。一次会は居酒屋での食事で、それなりに盛り上がったとは思う。誰からともなく声をかけあって、二次会としてボウリングに行くことになった。くっきりと記憶があるのは、私が玉をごろごろと投げた瞬間のことだけだ。
私は大抵のことが苦手で、ボウリングは当然上手くない。おぼつかず投げようとしたとき、ある一人が「がんばれ! 貝柱!」と言った。背後でどっと笑いが起こる。球を投げ、案の定ガーターを出して照れてベンチに戻った。
和やかにお開きとなって、平静を装いにこにこ解散したあと、恥ずかしくてたまらなくなって、最寄駅から自宅まで小走りした。貝柱だと人が言ったのは、私のベルトのことである。
この日以降、私はずっと「何かみたい」になったら服は終わりだと考えてきた。
ピンクの細いギャザーのベルトは貝柱みたいだから終わり、白いシャツに黒のスカートを合わせたら合唱団みたいだから終わり、ショートパンツは元気いっぱいみたいだから終わり、あまつさえ、ちょっと小綺麗な格好をしたら授業参観みたいだから終わりだと、誰かに何かを言われそうな気配におびえて、終わりの範囲を勝手にどんどん広げていって、着られる服はどんどん狭まって際限がなく、だんだん身動きを取れなくしていく。
吉川トリコさんの『じぶんごととする』は、過去と未来をひっくるめた自分自身を、これまで手にとってきた本を手がかりにして世界に接続しなおすエッセイ集だ。
「自分の好きを取り戻す」という短い一編がある。髪型、服装に対して受け取った言葉の数々から「洋服を選ぶ基準が好きか嫌いかではなくなっていた」。髪型について「落ち武者みたい」と指摘されたという例を読んで、ああ、と頭をかかえたあとで、貝柱のことが思い出された。文章は、「呪いから完全に自由になることはできないだろうが、少しずつでも自分の好きを取り戻したい」「他人からどう思われたところで、私がそれを着たいならそれでいいじゃないか」とまとめられている。
服装なんて好きでいいって、すでにわかっていた、知っていたことのように聞こえ、けれど同時に、ずっと貝柱にとらわれたままだったことに気づいて驚いた。思いもよらず、私は他愛無い言葉に足を取られたままだったのだ。
女性性、世代間のギャップ、体の老化と健康、自己責任論、差別、政治的な正しさ、ルッキズム、エイジズム……。本書が取り上げることは、どれも私がもはや解決して理解し、通過したつもりになっていることばかりだった。吉川さんは面倒がらずに踏みとどまって向き合う。呪われなおすかのようにひとつひとつ、悩んだり、悔やんだり、納得して清々したりすることで、今なお呪縛が真隣にあることを教えてくれる。雰囲気では絶対に流さない、確かな実態を感じる一文一文が連なって、ずっと勇敢だ。
時代に生きる一人の作家の表明として、渾身の作であると私は読んだのだけど、軽やかな文章に、あれ、大げさだったかな、とも思わせてくれる。それにしてもやっぱり、ページをめくるごとに力がみなぎりあらぶって、書いていない自分の方が渾身となるのだった。
ピンクのベルトは、すぐには捨てなかったけれど、あれから身につけることなくいつの間にかに手放していた。「何かみたい」だという理由で処分した服は、他にいくらでもある。でももう、これからは好きにする。するんだ。
古賀及子(こが・ちかこ)
1979年東京都生まれ。著書に『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『好きな食べ物がみつからない』『5秒日記』『暮らしの信じ方』『遠くまで旅するような顔だけをする』など。

