今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『いも殿さま』
土橋章宏
角川書店 本体1600円+税

『超高速!参勤交代』『駄犬道中おかげ参り』などユーモラスな展開の中に重厚なテーマを盛り込んだ作品で人気の土橋章宏には、『引っ越し大名三千里』や『幕末まらそん侍』など史実をベースにした作品も少なくない。本書も実在した旗本の井戸平左衛門を主人公にしている。

 徳川吉宗の時代。幕府勘定方の平左衛門が隠居を決意した。平左衛門は、隠居後に諸国を旅し大好きな甘味を食べたいと考えていたが、大岡忠相から飢饉と悪政にあえぐ石見銀山の代官になって欲しいと頼まれる。平左衛門は、剣の型は巧いが実戦は苦手な用人の尾見藤十郎を連れて江戸を出発する。二人が絶妙の掛け合いをし、各地の甘味を食べながら石見へ向かう道中は著者らしい軽妙さがあるが、任地に到着すると事態は一変する。

 飢饉が続き銀の産出量も減っていた石見では、働く人たちが痩せ衰えたり、病気で苦しんだりする悲劇的な状況にあった。経理が得意な平左衛門は、帳簿に目を通し、村々を廻って打開策を考えていた。ある日、平左衛門は、修行で全国を旅している僧の泰永から、薩摩では大きくて育てやすい唐芋(薩摩芋)の栽培が盛んだと聞き、種芋を入手するため藤十郎と代官所の金三郎を薩摩に派遣する。

 ここから物語は、他所者を嫌う薩摩に潜入した藤十郎たちが持ち出し禁止の種芋を持ち帰るため奮闘するスパイ・アクションも、虫害から作物を守ったり、新たな銀鉱脈を開発したりする物作りも、民を救うため平左衛門が幕府と渡り合う政治ドラマもあるなどスピーディかつ波瀾万丈の展開になるので、どんなジャンルが好きでも満足できるのではないか。

 豊かな江戸しか知らなかった平左衛門は、石見の困窮に衝撃を受けるが、都市と地方の格差は今も変わっていない。現代の政治家が格差解消を後回しにしているように見えるだけに、民を飢えさせないため、富を再分配する方法を考え、唐芋による食料増産計画を進める平左衛門は理想のトップに思えるはずだ。特に政治家は私心に流されてはならないとの信念を持っていた平左衛門が、最後に下した決断には、胸が熱くなるだろう。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2019年5月号掲載〉