横山秀夫、警察小説を語る 「書くエンジンは、主人公の心にある」

「伏線のための一行を書かない」

──次は、長編についてもうかがいたいのですが、横山作品として最長長編となった『64』は、どのようにして書き進めていったのでしょうか?

 これまで自分が書いてきた小説の集大成にしたいという思いが強かったですね。「たまたまが一生になることがある」といった、地味だけど私にとっては大切なテーマの集合体でもあります。作法的には「ミステリーの伏線のためだけの一行を決して書かない」という決意で臨みました。謎解き部分の伏線でありながら、それはサイドストーリーにとっても不可欠な記述でなければならないという意味です。途中何度も入院したり、もともと長編には苦手意識があったりで、執筆中はずっと森の中で迷子になった気分でした。

 ただ、全体の四分の三ぐらいまで行ったところで、トランス状態に入って、食事をとるのも忘れるほど没頭して一気呵成に書き上げました。そもそも小説を書くときは、のめり込んでいる自分と、それを肩ごしに観察している冷静な自分がいなければなりませんが、徹夜状態を続けるなどしてとことん自分を追い込むと、さらなる援軍が現れます。私は「ピヨピヨ」と呼んでいますが、ティンカーベルのようなものが頭の周りを飛び回って、「その一行、五十ページ前の一行と矛盾してますけど」とか言いだす。嘘じゃありませんよ。トランス状態ってそういうものなんです。

──文章の書き出しにも、すごく気を使われていますね。

 書き出しは静かに入ることにしています。読者には一行目から物語だけに接してもらいたいからです。奇を衒ったり、才気走った書き出しにすると、書き手の得意気な顔が浮かんでしまいますからね。書き手の気配を消すことにはかなり神経を使っています。作品の体裁は三人称でありながら、ほとんど一人称の視点で書き抜くのも同じ理由です。昔は「神の視点」も使っていましたが、使うたびに違和感があってね。擬似一人称小説は、主人公が見たもの聞いたものしか字にできないという弱みがありますし、物語の展開がゆるくなってまとまりづらくなるんですが、そこは「呼応」という自己流の手法で補っています。作品中に書かれたどの一行も、他のどこかの一行と呼応していなければならないという掟でしてね。誰ともペアを組めない一行は、実は要らない一行なので、それを洗い出し、排除することで全体が締まるんですよ。

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「無言の理由を想像し続ける」

──プロットやストーリーは、どのように構築していくのでしょうか?

 マッチングが重要ですね。警察小説で言うなら、どの課のどの係の誰にとって、最も起こってほしくない出来事は何かと考えます。あるいは、こんな問題が起こった時に最も困るのはどの課のどの係の誰かと考える。負荷は、かけるべき人にかけなければ効果を発揮しないし、物語も動き始めません。別のマッチングもあります。頭の中には、メモには残さなかったけど忘れていない閃きや、物語の起点や山場になりそうな断片や、いまだ解き明かせずにいる他人の表情などなど、膨大なピースが浮遊しています。それらを照合しては相性を占うのが日常業務ですね。ピースが幾つもくっつきだすと、ようやくプロットめいた塊が見えてきます。家に無言電話があったりすると、それもピース群に加わりますね。相手を突き止めようとするのが記者の仕事なら、何十人もの顔を思い浮かべ、無言の理由を想像し続けるのが作家の仕事です。想像した理由の一つ一つが、また新たなピースとして脳内を浮遊するというオチです。

──一度採用したアイデアをボツにするときの基準は、どこにあるのですか?

 書き終えたものを読み返してみて、話が無理筋だと感じたら捨てます。その手の作品は例外なく、読者を言いくるめようとする強引さやら、どうかわかってください的な卑屈さが行間に漂っていますからね。ただ、書いている最中に物語やミステリー部分の破綻に気づいた時は、逆にチャンスと考えます。破綻を回避する方法をあれこれ考えるうちに、思いもよらないアイディアやサイドストーリーが浮かんだりすることがありますから。最初に考えるプロットは、やはり予定調和的なものが多いので、それを打ち砕いてくれる破綻は福音です。

──横山作品の骨幹にあるものは何なのでしょうか?

 職人魂でしょうかね。小説家は何よりそれが大切な気がします。一つの仕事をまっとうできなかったという意味で、ジャーナリズムやノンフィクションに対しては、いまだに敗北感めいた思いを引きずっていますが、それだけにフィクションでしか成しえない仕事をしていきたいですね。情報は時とともに散逸してしまいますが、物語は時を超えて人の心に留まり続けると信じて書いています。

 警察小説もまた書くと思いますが、物語の推進力となるエンジンは、やはり主人公の心に置きたいですね。そのエンジンに強い負荷をかけ、ぎりぎりの人間の姿を描きたい。今日は管理部門小説の話ばかりになってしまいましたが、読むのは生粋の刑事小説が好きだったりするんですよ(笑)。

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『64(上・下)』 文春文庫

D県警広報官・三上の一人娘は家出し行方不明となっていた。そんな中、昭和64年に起き未解決となっている少女誘拐殺人事件の警察庁長官視察が決定。三上は調整に奔走するが、遺族からは拒絶され刑事部からは突き上げをくらう。さらに交通事故加害者の匿名発表を巡って記者クラブとの溝は深まり……。「D県警」シリーズ唯一の長編。


横山秀夫(よこやま・ひでお)
1957年東京生まれ。国際商科大学(現・東京国際大学)卒業後、上毛新聞社に入社。記者として12年間勤め、91年「ルパンの消息」が第9回サントリーミステリー大賞の佳作となる。98年「陰の季節」で第5回松本清張賞を受賞、2000年「動機」で第53回日本推理作家協会賞を受賞。著書に『半落ち』『顔 FACE』『クライマーズ・ハイ』『臨場』などがある。

 

(インタビュー・構成=幾野克哉(「STORY BOX」編集人) 構成協力=一条 道 撮影=田中麻以)
〈「STORY BOX」2018年6月号掲載〉

 

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