<新シリーズ『DASPA 吉良大介』発刊記念スペシャル対談> 榎本憲男(作家)×中野剛志(評論家) 「コロナと国家」【第1回】国家公務員とナショナリズム

警察キャリア官僚・吉良大介を主人公とした新シリーズ『DASPA 吉良大介』を上梓した作家・榎本憲男氏と経済産業省の現役官僚で評論家の中野剛志氏が「霞ヶ関のリアル」を本音で語った。「コロナ」という非常事態に直面したいま、「日本」はどうあるべきなのか?全3回でお届けします。

 


新シリーズ『DASPA 吉良大介』
発刊記念スペシャル対談

コロナと国家
榎本憲男(作家)×中野剛志(評論家)


撮影/黒石あみ

榎本憲男氏(左)、中野剛志氏(右)

「“国家・公務員”なので、別に官邸に仕えているわけではありません。ある程度、官僚が頑張って牛耳ってくれないと、むしろこの国はつぶれてしまう」(榎本)
「本来であれば、官僚は国家公務員なので、国家のために働くべきです。政権とか、特定の政治家のためではないのは当然」(中野)

――榎本さんの作品には、中野剛志さんがモデルとして登場しているそうですね。
榎本 作品(『エージェント――巡査長 真行寺弘道』中公文庫)の中にMMT(現代貨幣理論)を入れるので、物語に導入するときに(MMT推進派の)中野さんをはずせないと思って。
 で、一応、「書くかも」っていう感じでちょっと打診はしたんですね。で、「いいですよ」っていうふうに返ってきたから、「ああ、もう、じゃあ、いいんだ」と思って、「じゃあ、リアリズムでいこう」と。僕の中ではリアリズムで書いたつもりなんです。
中野 最初にお会いする前に、『エアー2.0』(小学館文庫)を拝読させていただいたんです。それと『巡査長 真行寺弘道』シリーズ。それで、何が驚いたかって、特に『エアー2.0』に、財務官僚とか、いろいろ若い官僚が出てきて、各省横断で勉強会をやっていて、で、若い官僚たちの会話があるんです。僕はびっくりして榎本さんご本人に申し上げたんですけど、ものすごいリアリティがあった。小説に書かれているようなことをしゃべっているんですよ、特に若い役人って。それで、そのしゃべり方とか切り口とかも本当にそれっぽいので、「あれっ、この人は、若い官僚が例えば親戚にいるとか、そういう集まりを知ってらっしゃるのかな」と思って、「いやあ、これはものすごいリアリティがあるんですけど、誰か役人をご存じなんですか」と言ったら、「知らない」とおっしゃる。小説家って恐ろしい生き物だなと思って、本当に驚きました。
榎本 ありがとうございます(笑)。

――榎本さんの新作『DASPA 吉良大介』(小学館文庫)の主人公、吉良大介も中野さんの雰囲気に重なるような気がしますが。
榎本 ああ、そう、そう。そうですね。
中野 勘弁してくださいよ(笑)。僕はそんな女たらしじゃありませんよ。
榎本 ただ国を大事に思っているっていうところは、中野さんとは共通してるかなと思いますね。
 国家公務員というのは、「国家・公務員」なので、別に官邸に仕えているわけではありません。国民に仕えている人たちなのです。ほかにももっといい就職口はたくさんあったと思うんですけど、国家公務員になってるということは、だから、国を大事にしたいという思いを持っているんじゃないか、という期待も込めています。
 日本の政治は官僚が牛耳ってるんだ、というようなこともいわれますが、ある程度官僚が頑張って牛耳ってくれないと、むしろこの国はつぶれてしまう、という思いはありますね。
中野 本来であれば、今おっしゃられたように、官僚は国家公務員なので、国家のために働くべきです。国家というのは、別に政権ではなくて、ずうっと永続するものですから……。
榎本 われわれの共同体。
中野 そうなんです。で、そのために動かなきゃいけない。政権とか特定の政治家のためではない、というのは当然だし、だからこそ、身分保障っていったら変ですけど、それこそ、不祥事でも起こさない限り、別に首になるっていうことはないようになっている。だから、時の政権とか上司の不興を買っても、まあ、別に首になることはないので。(閑職に回されて)暇になったら働き方改革だと思えばいいわけで(笑)。
 本来、国家公務員はそうあるべきなんですけど、本来そうあるべきことが小説になってしまうというのは悲しいところですね(笑)。それが現実じゃないといけないんだけれども、それは……。
 でも本当にリアリティがあるんですよね、榎本さんの小説は。『DASPA 吉良大介』では、勝手に行動する吉良(警察庁キャリア)に対し、意外と理解のある上司がいます。で、実際の官僚組織でも、二人だけの会話のときには、吉良のような若くてやる気があったり、能力がある若いやつがちょっとずけずけと無礼なことを言っても、ちっと舌打ちをして、「しょうがねえな」と言いつつ、何とかするような上司がいるし、そういう人がわりと慕われて偉いポジションにつくという話は、少なくありません。
榎本 うれしいですね。
中野 一般的には、お役所はかたくて、上から言われたことは絶対聞かなければいけなくて、異論をはさむことはできなくて、忖度して……みたいなイメージがあるんですけれども、私に言わせると、下手すると、企業よりも楽かな、上下関係は。企業のほうが大変な気が……。企業の方々のほうがいろいろご苦労されている感じが……。
榎本 企業にもよりますけどね。
中野 もちろん企業にもよりますが、トップダウン型の会社とかだと、皆さんご苦労されていて。それでいうと、例えば、国家公務員って――それは天下りっていうのにつながってるから怪しからんって言う人もいるんですけど、年寄りになるまで在籍しないんですよ。若いうちに辞めていくので、わりと組織が若い。若いうちに大きな仕事ができるポジションにいく。吉良(『DASPA 吉良大介』)の年次で小説のような重要な仕事のポジションに行くこと自体、リアリティがないわけではない。(吉良のような)こういう人はたくさんいませんが、そんなあり得ないという話では全然ない。

 

「ナショナリズムとは、“国民主義”なんですよ。コロナでいま、国民の生活は政府が保護しなければならないと言われてますよね」(中野)
「コロナによって、ナショナリズムが、ものすごく強烈に作用する時代になってきたんです」(榎本)

榎本 フィクションの中のリアリティとして書いているので、そういうことを言っていただけるととてもうれしいです。
 世の中のとらえ方として、僕はエリートっていうのはいなきゃいけないっていうふうな考え方を持ってるんです。大衆の力が世の中を動かすというところもあるんですけど、やっぱり、エリートっていうものがいなければいけないし、エリートっていうのは共同体を守るという使命を帯びて、どこかで自分を共同体に(自分を)捧げるっていうような部分を残しつつ仕事をするということが、僕は美しいと思うんですよ。で、コロナで起こっていることは、個人の命が一番大事だっていう考え方ですよね。だから、死者を数値化したり、数値化された感染者がどんどん出てきてると。感染者数というのは個人がどれだけ死に近いかというメルクマールでもあるんですけど、それを超えるものというものをどこかで期待してるんですよ、僕は。だから、個の人間の生を超える何かを大事にする人間は、やっぱり、自分の小説の中に登場してほしいんですよ。それが吉良なんです。吉良は、半分、危ないやつで、ある種、国を神聖化しているのですが……。

――「日本教」のような宗教的な何かが吉良にある、と?
榎本 日本教……。いや、だから、ナショナリズムというものが、どこかで宗教っぽいと思うんですよ。
中野 それは間違いないです。
榎本 宗教は何かというと、人間を超えるものです。人間を超えるものに対して、自分というものは、仕事を通じてアクセスしたいんだっていう思いが、公務員のある程度の数、国家公務員の、特にキャリア官僚の中にはあるんじゃないか。そういう、自分の直感的な感触があるんです。だから、「公務員たちは日の丸親方で安定していてけしからん」というふうには見ていない。個人的な快楽を追求したら、国家公務員を選ばずに、テレビ局に行ったり、出版社に入ったり……(笑)。

――ナショナリズムについて、もう少しお聞きしたい。どうしてもナショナリズムという言葉自体があまりよろしくありません。マイナスイメージがついてまわります。
中野 簡単に理解するとこうなんですよ。ナショナリズムというのは、ネイションのイズムです。ネイションというのは何かというと、よく国家や民族と訳されるんですけど。
榎本 本来の意味は国民ですよね。
中野 そう、ネイション=国民なんです。国家はステイトで、民族は、例えば、エスニック・グループ。ネイション=国民のイズム(主義)だから、ナショナリズムとは「国民主義」なんですね。国民主義といったら危険なイメージがしますか? 国民主義ということは、ほぼ民主主義と同じですよね。だって、民主主義は国民単位なんだから。だから、ナショナリズムは国民主義や国民主権と同じなんです。
榎本 中野さんが説いているMMTは、実は経済ナショナリズム論だと睨んでいるんです。
中野 その通りです。
 MMTという学派がアメリカやオーストラリアにあるんですけど、この人たちはナショナリズムの議論をしないんです。MMTというのは、貨幣を貨幣たらしめている根源に、徴税権力とか国家権力があるんだという考え方なので、その意味で国家とかナショナリズムとか、そういったことと密接不可分なんです。けれども、あんまりそこの深堀りは海外の人たちはしてないんですよ。だけど、してないのがおかしいんです(笑)。
榎本 今、コロナで、例えば、国民の生活というのは、ちゃんと政府が保護しなきゃいけないっていうじゃないですか。これは、でも、ナショナリズムですよ、完全に。
中野 その通りです。
榎本 そういう意味で、コロナによって、ナショナリズムが、ものすごく強烈に作用する時代になってきたんです。

 

構成/角山祥道

プロフィール

 

榎本憲男(えのもと・のりお)

1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』を監督、同名の原作小説も執筆。2015年『エアー2・0』雄を発表し、注目を集める。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行。シリーズ化されて、『ブルーロータス』『ワルキューレ』『エージェント』と続く。2020年警察キャリア官僚が主人公の『DASPA 吉良大介』を刊行。

 

中野剛志(なかの・たけし)

1971年生まれ。評論家。博士(政治思想)。東京大学教養学部卒業。通産省、京都大学准教授等を経て、現在は経済産業省。経済ナショナリズムを中心に評論活動を展開。『TPP亡国論』『富国と強兵』『日本思想史新論』『日本の没落』『日本経済学新論』ほか著書多数。

初出:P+D MAGAZINE(2020/10/08)

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