黒田小暑『ぼくはなにいろ』

黒田小暑『ぼくはなにいろ』

「私」が生まれる前のこと


 私が15歳のときに、私は生まれた。それまでの私は、体はすでにこの世にありながら、心はいまだ形すら出来ていなかった。当時から本だけはよく読んでいたものの、どこか陰気で、友達の輪に飛び込んでいけず、体もまだ貧弱だった。いまでも覚えているのは、小学3年の、クラスのレクレーションの時間にキックベースをやったときのことだ。自分の打順が回ってきて、打席に入り、ボールを蹴るまで、ゆうに10分はかかった。たぶん、ボールが怖かったのだと思う。ボールだけではない。その頃の私は、人にも物にも環境にも、遭遇するすべてに怯えていた。小学3年生の最後に担任の先生からもらった色紙には、「四年生では、自分から進んで、みんなの中に入っていこうね。みんなは手をひろげて待っていてくれると思います」と書いてあった。

 けれど、4年生になっても、それどころか中学生になってからも、私は相変わらずそんな調子だった。どの部活にも入りそびれ、夏休みには暇を持て余して毎日のようにブックオフに通った。中学校では気の合う友達がほとんどできなかった。

 高校に入り、自分で小説を書きはじめて、やっと私は生まれることができた。自分が書いた文章で、私は生まれたての自分の心を育てていった。そうやって育った心を体に秘めて、私は人と出会い、自分の好きなものを知り、あちこちに出かけていった。

 飛ぶように過ぎていく日々のなかで、ふと、「生まれる前」のことを思い返す。人生とは、自分の醜さを一つひとつ数えていくことだ。容姿、能力、現状のよしあし、将来性。他人と比べると、自分の欠点ばかりが目につき、しだいに自分が生きていることそれ自体さえ醜悪なことのように感じられてくる。あの頃の私に必要だったのは、まず、自分以外の誰かから愛されることだったのだ。

 自分から進んで、みんなの中に入っていける自分だったら、自分で自分を愛せる自分だったら、私の心はもっと早く生まれていただろう。けれど、それができない人もいる。小学3年生の私は、私を、みんなに迎えに来てほしかった。手をひろげて待っているのではなく、私のところまで来てほしかった。

 これは、あの頃の私を、現在の私が迎えに行く物語だ。この小説の登場人物全員には少しずつあの頃の私がいて、みんなが誰かに迎えられ、誰かを迎えに行き、強く抱きしめられ、強く抱きしめている。この溢れんばかりの愛が読者の皆さまに伝わることを、そして、この小説があなたを迎えに行き、強く抱きしめることを願っている。

 


黒田小暑(くろだ・しょうしょ)
1994年生まれ、福岡県出身。2019年、「春がまた来る」で第20回小学館文庫小説賞を受賞。受賞作を改題し、『まったく、青くない』でデビュー。今作『ぼくはなにいろ』が第2作となる。

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ぼくはなにいろ

『ぼくはなにいろ』
著/黒田小暑

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