# BOOK LOVER*第3回* 岸 善幸

# BOOK LOVER*第3回* 岸 善幸

 これまでずっと一緒に仕事をしてきた撮影の夏海光造さんが、海外からの帰り道、機内誌で紹介されていたこの本を知り、僕に教えてくれたのがきっかけです。2007年当時、NHK‒BS『わたしが子どもだったころ』というドキュメンタリードラマの題材を探していて、読んでみると、衝撃的に面白かった。池袋の今のメトロポリタンのあたりで、上條さんが10歳の頃にホームレスでつらい時代を過ごしていたというのは驚きでした。

 どうしても作りたいと局側に掛け合って、映像化が実現できました。

 もともと映画の世界に憧れていましたが、どう踏み入ればいいのかわからず、今いる制作会社テレビマンユニオンに参加しました。テレビの世界で、視聴率という数字を獲る生活をずっと続けてきたのです。『アメリカ横断ウルトラクイズ』や『情熱大陸』などを撮り、それなりに楽しいテレビ生活でしたが、やはりもやもやはありました。

 そんなときにこの本を読み、マスではなく、点や個人に目を向けようと思うようになったのです。番組ではできるだけ上條さんが納得する作品を作ろうとしました。取り上げた本人のために作ろうと思ったのは初めての経験でした。出来上がった作品を見て上條さんは、慟哭。その後もずっと交流は続いています。

 この作品がきっかけで芸術祭大賞を受賞した東日本大震災後のドラマ『ラジオ』を作る機会を得て、その作品を見たプロデューサーから映画のオファーがきました。やりたかった映画を作ることができ、まさに転機になった一冊だと思っています。

 


10歳の放浪記

『10歳の放浪記』
上條さなえ
(講談社文庫)
昭和35年、10歳の著者は、父と池袋でホームレスとして暮らしていた。けなげに生きる少女とそれを見守る人々。児童文学作家の自叙伝。

岸 善幸(きし・よしゆき)
1964年山形県出身。16年、劇場映画デビュー作『二重生活』でウラジオストク国際映画祭最優秀監督賞など。第二作『あゝ、荒野』で国内映画賞を多数受賞。

 

前科者

『前科者』
罪を犯した前科者たちの更生、社会復帰を目指して奮闘する保護司の姿を描いた同名漫画を映画化。
監督・脚本・編集=岸善幸|出演=有村架純/磯村勇斗/森田剛
映画公式サイト

〈「STORY BOX」2022年3月号掲載〉

森本萌乃さん インタビュー連載「私の本」vol.18 第3回
思い出の味 ◈ 高瀬隼子