武内昌美『悲母』

中学受験は母の苦悩が10割
春になりました。
新年度を迎え、心機一転、期待に胸を膨らませている方々も多いと思います。花粉症の方は辛い時期でしょうが……。
そんな季節に、新刊を出すことになりました。
『悲母』は、中学受験を縦軸にしたミステリーです。
前作『すべてあなたのためだから』も中学受験をテーマにした小説で、期せずして同じ題材の作品を続けて出すことになりました。
次に何を書きましょう、という話を担当編集さんとした時、実は全く違うお話を提案しました。前作が非常に重苦しいものだったので、今度は胸の温まる物語を、と思っていたのです。シリアスな話は、書く方もかなり精神的に消耗するものなんですね。そしてハッピーな話は、書き手もウキウキです。とても楽しい。
ところが担当さんからのリクエストは、「中学受験の時は母親も苦しい、助けて欲しいって、そういう話はどうですか?」というものでした。
私がずっと前に言った言葉を、覚えてらしたんですね。「中学受験は、子供には救いの手があるのに、苦しんでいる母親は誰にも助けて貰えない」……私の実体験です。
今から8年前に体験した子供の中学受験は、私にとって大変苦しいものでした。当時はその気持ちを小説にして書くことで、なんとか壊れそうな精神状態を保っていました。
それが『すべてあなたのためだから』、そして今作『悲母』です。
私の超私的な心の叫びとして書いてきたものが、たまたまというか満を持してというか、この中学受験が盛んになったタイミングで刊行されることになったわけです。
『すべてあなたのためだから』はまだ小説という意識で書いたのですが、『悲母』は完全に「私」です。全文にだだ洩れしている愚痴と恨みをそのまま世に出すことなど到底出来ず、真っ黒な毒の部分はかなり担当さんが削ってくれました。物凄い量です。私はこんなに恨みつらみを書き連ねていたのか、と、当時の自分の精神状態を危ぶみました。
それほど追い詰められるのが、中学受験の親なのです。
愚かだと、笑われるでしょうか。
毒親だと、嫌悪されるでしょうか。
『悲母』では、その苦悩の奥にある物を感じ取っていただけたらと思います。
描きたかったのはただ一つ、親子の愛です。
母の愛は重く、面倒くさいですが、子供の愛は……?
私なりの答えを、書きました。
お話は2月で終わります。
この話に出て来る家族は、どんな春を迎えるでしょうか。
武内昌美(たけうち・まさみ)
1985年「フラワービッグポケッツ」掲載の『涙の向こうに ONLY YOU』でマンガ家デビュー。その後、「いじめ」シリーズノベライズ、マンガ原作などを手掛ける。著書に『泣き終わったらごはんにしよう』『すべてあなたのためだから』など。