米津篤八『不便なコンビニ2』

コンビニは人生の回り舞台
チリン。コンビニのドアを開けると、ベルの音が鳴る。無機質な電子音ではないところに、どこか人間性を感じて、ホッとする。店内も日本のコンビニよりも2回りほど狭く、ちょっと薄暗い。ここは韓国のコンビニなのだ。
おにぎり、弁当、ドリンク類から生活雑貨まで、品揃えも日本のコンビニとよく似ているけれども、何となく生活臭が漂っているところは「クモンカゲ」の名残なのかもしれない。
クモンカゲとは韓国の伝統的なよろず屋のことで、田舎町のバス停の前あたりに店を構えていた。直訳すれば「穴の店」。その名の通り、穴蔵のような狭くて薄暗い店内に、雑多な商品が並べられていた。近年、クモンカゲは時代の流れに押されて消えつつあるが、その多くがコンビニに転換した。そのためか、韓国のコンビニは店の前にテラス席を設けて、近所の人たちの酒盛りの場になっていたり、消費期限の切れた食品を店員がもらって食べるのが当たり前になっているなど、人情が行き交う空間になっている。
本書は、そんな韓国のコンビニを背景に、心温まる人間模様を描いてKヒーリング小説の先鞭を切ったベストセラー、『不便なコンビニ』の続編である。著者のキム・ホヨン氏によれば、当初は続編の予定はなかったが、元ホームレスの謎のアルバイト、独孤氏をはじめ、魅力あふれる登場人物たちのその後が気になる、という読者の熱い声に応えて執筆を決めたという。
そこに描かれるのは、ごく普通の人々の日常である。就活がうまくいかず落ち込む若い女性、家族が壊れ娘に声も掛けられない元私立探偵、コロナ禍で客足の途絶えた焼肉店の店主、家に居場所がなくコンビニのイートインで時間をつぶす男子高校生、老いた母親との関係回復を模索する放蕩息子……。そして、ふらりと店に現れ、深夜アルバイトとしてもぐり込む謎の中年男、ファン・クンベ。
全8章からなる本書は、各章ごとに独立したストーリーが展開する。コンビニという回り舞台に出入りする登場人物たちは各自の悩みを吐露し、クンベとの対話をヒントに、立ち直っていく。その悩みはいずれも平凡だが、しかし重要なものだ。そのなかで、クンベ自身も自らの課題――それがコンビニの店員になったきっかけでもある――を解決していく。
きっとあなたも、この小説のどこかから自分の抱える悩みと同じものを発見するだろう。そして、それを乗り越えるヒントが本書から見つかるかもしれない。
米津篤八(よねづ・とくや)
早稲田大学政治経済学部卒、朝日新聞社勤務を経て、朝鮮語翻訳家。訳書に『チャングム』キム・サンホン、『J. Y. Park エッセイ 何のために生きるのか?』J. Y. Park(以上、早川書房)、『夫・金大中とともに』李姫鎬(朝日新聞出版)、『世界の古典と賢者の知恵に学ぶ言葉の力』シン・ドヒョン(かんき出版)、『韓国近代美術史:甲午改革から1950年代まで』洪善杓(共訳、東京大学出版会)、『そのとき、「お金」で歴史が動いた』ホン・チュヌク(文響社)、『不便なコンビニ』キム・ホヨン(小学館)など多数。