柏木伸介『革命の血』

柏木伸介『革命の血』

構想34年、執筆期間14年うち改稿期間4年


 私は愛媛県松山市という保守的な町に生まれ育ち、なりゆき任せの大学進学で神奈川県横浜市に移り住んだ。

 そこで、驚きを受けたのは極左セクトの存在だった。松山にいた頃は、見たことはおろか存在を匂わせるものさえ感じたことがなかった。

 引っ越し前から、その存在は問題となった。家が貧しかったため、親は私を学生寮へ入れようとした。だが、風の便りで「あの大学の学生寮は、極左セクトの拠点だ」との情報が入った。実際、入学時には新規入寮が停止されてしまったほどだった。

 大学へ進学した頃は、バブル全盛期。学生運動が熱かった時代から、20年は過ぎている。それでも、いや、だからこそセクトの存在は異彩を放っていた。

 どう見てもヤバい臭いがプンプンするセクトの粗末な立て看板が、オシャレなテニスサークルのポスターを凌駕し、ヘルメットとタオルで顔を隠した連中が拡声器で演説をがなり立てている。ほんの4、5人だが、少数ゆえにその存在は異様に浮き上がっていた。

 朝、もしくは昼休み明けに講義室へ入ると、すべての机にビラがびっしりかつ整然と並んでいる。その様子は異様というより、壮観でさえあった。「三里塚」という意味不明な単語が躍り、某セクトと某セクトがディスり合っていた。正直、カルチャーショックだった。

 この状況を小説に書きたい。いつしか私はそう考えるようになっていた。

 私は大学1年の秋、大学生協で見つけたレイモンド・チャンドラーの『高い窓』に感銘を受け、小説家を志した。読了前に、自分でも書き始めたほどだった。そうした思いと、極左セクトから受けたカルチャーショックが結びつくのに、大した時間はかからなかった。

 構想も練り始めた。やはりチャンドラーの『さらば愛しき女よ』の冒頭部分、マーロウとマロイが出会う場面にインスパイヤされたものだった。大学生の主人公がキャンパス内で40代となった過激派と出会い、彼の娘が絡む事件へ巻きこまれていくという筋書きだ。

 そんなもの書き上げる能力が、当時の私にあろうはずもない。構想は頭の奥にしまいこまれ、いつしか忘れ去られていった。

 その埃まみれの構想が復活するのは2010年、思いついてから20年以上が経過していた。紆余曲折があり、私は故郷で県庁職員をしていた。多忙を極め、小説を書く時間などとてもではないが取れなかった。

 そんな中、2010年の初めに親父が倒れた。それから8カ月入院して死ぬのだが、お袋が傍につき添って離れない。仕方なく、私も交代でつき添うことにした。いくら県庁がブラックでも、親が死にかけているときくらいは温情が与えられる。

 つき添うといっても、何をするわけでもない。暇な時間だった。だが、入院が長引くほどに金は減る。どうしたものか。

 小説でも書くか。そう思った。ほかにできることも、金を稼ぐ手段も思いつけなかった。

 そんなとき、ふと20年前にお蔵入りさせたままの構想を思い出した。記憶の底から引きずり出し、埃を払い、まずは参考となる文献から当たり始めた。

 途中、親父の死や東日本大震災の避難者支援業務に携わるなどいくつかの中断を経て、小説は完成した。800枚の本格的な長編を書き上げたのは初めてのことだった。

 さらに紆余曲折を経て、この原稿が小学館の担当編集者の目に留まる。こちらから売りこんだわけではなく、雑談中の偶然がきっかけだった。そうして日の目を見ることとなったのが、今回の『革命の血』である。

 だから、構想34年、執筆期間14年うち改稿期間4年、全面改稿4回以上となる。何とも気の長い話だ。その間、多くの方にご指導いただいたが、特に徹底してブラッシュアップにつき合ってくれた担当編集者には感謝の言葉しかない。

 とにかく、しぶとい原稿なのだ。何度葬っても、墓場から這い出してくる。しかも、復活するたびにパワーアップし、とうとう単行本にまでなってしまった。私は今まで文庫書き下ろし専門だったので、キャリア上初めてのことになる。

 まさに〝ハードボイルドは死なず〟である。是非、ご賞味いただきたい。

 


柏木伸介(かしわぎ・しんすけ)
1969年、愛媛県生まれ。横浜国立大学卒。第15回『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞を受賞し、2017年に『県警外事課クルス機関』でデビュー。同シリーズに『起爆都市』『スパイに死を』、「警部補 剣崎恭弥」シリーズに『ドッグデイズ』『バッドルーザー』、ほか『夏至のウルフ』『ロミオとサイコ県警本部捜査第二課』など。

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革命の血

『革命の血』
著/柏木伸介

◎編集者コラム◎ 『恩送り 泥濘の十手』麻宮好
『超短編! 大どんでん返し Special』ならこれを読め! 書店員の〈推しどんでん〉ベスト3 ∵ 第1回