高殿 円『コスメの王様』

高殿 円『コスメの王様』

故郷・神戸を舞台にした、華やかな物語を書きたかった


 故郷の神戸をがっつり舞台にした、華やかな物語を書きたいとずっと思っていた。

 前作『グランドシャトー』では、おかげさまで大阪のいいところをぎゅぎゅっと濃縮して書き切れたことにとても満足したし、夜の街というデリケートな題材ではあったので地名や地域をそのまま書くことに難しさは感じたものの、実際関西に住む読者の方からは温かいご支持をたくさんいただいた。大阪はやれた、つぎは神戸だ! という思いが常にあった。

 けれど、神戸には大河ドラマになりそうな有名なトノサマはいない。拙作『剣と紅』を上梓したあと、取材したときはあんなにもなんにもなかった井伊谷が、大河ドラマに決まったとたんに爆発的に有名になったところをずっと見て体感してきた私にとって、ああいう現象を故郷の神戸で起こせないだろうか、というのは作家人生の大きな課題でもあった。

 唯一無二の神戸は、やはり明治だ。日本第二の港として栄え、巨万の富と成功者と居留地文化を育んだ。強固な身分制度がなくなり外貨と外国製品がどっと流れ込んだ神戸は、どんな人にも平たくチャンスを与えられる数少ない場所だったのだ。そんな神戸の活気に満ちた時代を、なんとか駆け抜けるように小説に描けないか。

 そんなとき、当時の神戸に中山太一という人物がいたことを知った。山口の農家に生まれた少年が、身一つで家族を養うために知らない土地へやってきて、苦労して勉学し、やがては日本の化粧品産業のトップに駆け上がる。まるで小説のようなその男の人生を、華やかな当時の神戸とともに描き切れたらきっとよいものができると確信した。

 とはいえ、明治期に身を立て出世して富豪になった男は山ほどいる。そういう男をささえた内助の功の物語として、私たちは朝ドラでいろんな女性の悲喜こもごもを繰り返し見てきた。もういらないんじゃないか、そういうのは、と思った。実際女性には参政権すらなかった時代のこと、実際〝そう〟だったかもしれないが、だからといってそのとおりに書いてまた美しい内助の物語にして、この令和になんの意味があるだろう。例えばアフリカから強制連行された人々が表舞台に立てなかったからといって、そのような物語をこれ以上作り続ける意味は無い。新しい解釈、新しい切り口、そして光の当て方が必要だ。だからこそ、利一とハナのふたりをW主人公とした。同じ顔の似ている境遇の二人が、ただ性差だけでここまでチャンスを与えられなかったのだということが、少しでも読者に伝わればという思いを込めた。幸いにも、モデルにさせていただいたクラブコスメチックス社、および創業家の中山ユカリ社長、縁者のみなさまには多大なるご理解とご支援をいただいた。豊富な社の資料を惜しみなく見せてくださり、難しい部分にもきっと中山太一だったら笑って許してくれただろう、と踏み込んで書き切ることができた。

 連載が終わったあと、滝部にあるお墓まで挨拶にいった。途中海にはエンジェルラダーが出て、雨は降らないのになぜかゴロゴロと雷だけは鳴っている。菩提寺を出るとピタリと雷鳴は止まった。雨は一粒も降らなかった。歓迎してもらったんだな、とうれしくなった。もう少し世の中が落ち着いたころに、もう一度、山口においしいものを食べに行きたい。

 


高殿 円(たかどの・まどか)
神戸市生まれ。2000年『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し、デビュー。13年『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞受賞。「トッカン」シリーズ、「上流階級 富久丸百貨店外商部」シリーズがテレビドラマ化され、ベストセラーに。19年産経新聞で連載された『グランドシャトー』は、大阪を舞台に、たくましく生きた女性の物語として大きな話題となる。

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