加藤かおり『サヨナラは言わない』

加藤かおり『サヨナラは言わない』

追悼から生まれるレジリエンス


 大切な人を喪ったとき、悲しみをどう乗り越えるのか。

 

 このテーマに取り組んだのが、フランス人、アントニオ・カルモナさんのデビュー作となるYA小説『サヨナラは言わない』です。本書の主人公エリーズは、フランスに住む12歳の女の子。ピアニストだった日本人のお母さんを8歳で亡くし、フランス人のお父さんと暮らしています。お父さんは死んだ妻の思い出と妻の祖国である日本を消し去ろうと、エリーズにいろいろな決まりを課しました。日本語を話してはいけない、マンガを読んだり、アニメをみたりしてはいけない、ピアノのある部屋に入ってはいけない。そしてきわめつけが、おたがいを前にして、ママのことで泣いてはいけない。

 

 なぜお父さんが妻の死をストレートに悲しめないのか。妻の思い出を丸ごと葬り去ろうとするのか。そこにはある秘密が隠されているのですが、真実を知ろうとエリーズがたずねてもお父さんは答えてくれず、質問することすら禁じる始末。エリーズは疑問を心のなかに封じこめ、お母さんからの最後のプレゼントになったジグソーパズルを毎日組み立てながら悲しみをまぎらわせるしかありません。けれどもエリーズがちょっぴり変わり者のステラと友だちになり、日本からお祖母ちゃんが乗りこんできたことで、さびしく単調だった父娘の暮らしが少しずつ変わっていきます。

 

 YA小説のなかで肉親の死をテーマにしたものはそれほど珍しくはないでしょう。けれども本書がユニークなのは、日本流の追悼の儀式を取り入れることで、登場人物たちが大切な人を喪った悲しみを乗り越えるレジリエンス(回復力)を獲得していくさまが描かれていることです。著者は大の日本好きで、「日本には死者の思い出をとても大切にする儀式や習慣があることを知り、死者とのあいだにもっと安らかな関係が築かれているように思えた」ことが本書の執筆につながりました。外国人の目を通じて日本の文化や伝統を見つめ直したときに私たちがその価値に気づくことはままありますが、本書のなかで提示されるのは、「日本人の故人の偲び方」。新鮮な着眼点であり、新たな気づきを得られる日本の読者も多いのではないでしょうか。

 

「死」を扱っているため、つらくて悲しい物語のように思われるかも知れません。けれども実際にはユーモア満載です。著者はピエロを目指して養成学校に通ったというユニークな経歴の持ち主で、おそらくみんなを笑顔にすることが大好きなのでしょう。切ないけれどもクスッと笑えてあたたかい気持ちにしてくれる、そんなとても愛おしい作品です。

  


加藤かおり(かとう・かおり)
フランス語翻訳家。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。子ども向けの本から大人向けの本まで、訳書は多岐にわたる。主な訳書に、ブリジット・ジロー『生き急ぐ』、ダヴィド・ディオップ『夜、すべての血は黒い』、エルヴェ・ル・テリエ『異常【アノマリー】』、ガエル・ファイユ『ちいさな国で』(以上早川書房)、アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ『星の王子さま』(ポプラ社)などがある。

【好評発売中】

サヨナラは言わない

『サヨナラは言わない』
著/アントニオ・カルモナ 訳/加藤かおり

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