和田 竜『最後の一色(上・下)』

一色五郎という人のこと
『最後の一色』の主人公、一色五郎に関わる数ある史料を組み合わせて考えると、何というかこの男が悪魔的人物であったことが分かりました。
父、一色義員が長岡家(後の肥後細川家)の軍勢に追い詰められて自刃したと知っても、
「ふがいないものよ」
と、うそぶき、切腹などせずに退却して再戦に挑めば勝てるものをと断言します。そしてその言葉の通り、自らが一色家の総大将となると長岡藤孝(後の細川幽斎)率いる長岡勢を何度も打ち破りました。その結果、長岡藤孝は、一色五郎と和睦せざるを得ない状況にまで追い込まれるのです。天性の戦上手でした。
父の自刃の直後のことですが、一色五郎が長岡家の軍勢と初めて戦った際には、わずか五十騎の武者で三倍以上の敵を打ち破りました。敵を打ち破った上で、退却したわけです。相当大胆な男だったということが分かります。その退却ぶりが『丹後旧事記』という史料に記されていますが、これが残虐極まりなく、それゆえ冒頭に記したように悪魔的と僕も考えたのでした。小説の中で「怪物」とか「魔物」と一色五郎を呼ぶのはこのせいです。
そうかと思えば、女性に好かれる男でもあったようです。一色五郎は、長岡藤孝の娘、つまり長岡(細川)忠興の妹と夫婦となります。この妹が後に一色五郎のために起こした行動には、涙せずにはいられません。『綿考輯録』という細川家公認の家記に書かれていることなのですが、こうまで鮮明に「愛」という心が表れた歴史上の記述に、僕はこれまで出合ったことがありません。架空の物語なら、ざらにあることですが、記録としてしっかり残っているのが驚きです。この記述によって、一色五郎はよほど妻に愛されていたのだと分かりました。
他にもいろいろ書いておきたいことがあるのですが、よく考えると小説に書いていました。長い時間をかけて調べ、プロットを練り上げシナリオを書いた上で、小説にしました。面白さという意味では、寸分隙のない小説にしたつもりです。どうかご自身の目でお確かめください。
和田 竜(わだ・りょう)
1969年12月、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2003年、映画脚本『忍ぶの城』で城戸賞を受賞。2007年、同作を小説化した『のぼうの城』(小学館)でデビュー。直木賞候補、本屋大賞2位を経て映画化もされ、累計200万部のベストセラーとなった。2014年、『村上海賊の娘』(新潮社)で吉川英治文学新人賞、そして本屋大賞を受賞し、累計300万部を突破。他の著作に『忍びの国』(新潮社)、『小太郎の左腕』(小学館)がある。


