村上しいこ『海は忘れない』

村上しいこ『海は忘れない』

偶然の物語に込めたもの


 正直この私が戦争をテーマに小説を書くとは思ってもいませんでした。私にとってもこれは偶然に出合った物語です。それは4年ほど前のこと。古民家を買ったとき、「蔵にあるものはガラクタばかりだから、適当に処分してください」と先住さんから言われました。ところがそこにあったのは、昭和12年あたりから戦後までの「文藝春秋」や「改造」「中央公論」「人間」といった貴重な雑誌。更には「開戦」と「終戦」を告げる新聞も丁寧にとってありました。また多くの手紙や葉書があり、「あいつは運が悪い。戦地へ行ってわずか2週間で死ぬなんて」の文字も生々しくありました。これはもう、私に戦争の話を書けということなのだと勝手に思い込み、時間があれば資料を読んだりしていました。そんなとき偶然、知人の両親が90歳をこえてもまだお元気だと聞きさっそく取材をさせてもらいました。14歳から船大工の道に入り、昭和33年に結婚されたと聞き、ぼんやりと作品の姿が浮き上がってきました。さらに松阪図書館で、「いちばん古い新聞で閲覧できるのって何年ですか?」と聞くと、「昭和33年」の伊勢新聞があるというではありませんか。このときはっきりと物語の輪郭が立ちあがってきたのです。

 この作品で難しかったことは2つです。まずは戦争の残虐さをどう伝えるかです。今のメディアで流れるのは、ロケットが迎撃される映像と、建物のがれきだけです。100万人の死傷者が出たと言っても、右から左へと流れるだけ。戦争に対してとても鈍くなっている自分たちがいます。

 もうひとつはユーモアです。戦争文学でもユーモアを盛り込めるはず。昭和の時代には井上ひさしさんという、偉大な作家がいました。憧れ以上の存在であります。大竹しのぶさんが演じる「太鼓たたいて笛ふいて」も観にいって感動しました。この作品に1ミリでも近づきたいとの想いも入っています。

 まったく戦争には興味がなかった令和7年の女子高生が、昭和33年にタイムスリップして、そこにまだ色濃く残る戦後をどう感じてどう受け取るのか? 恋も友情も戦争も経験して、彼女が得た結論は?

 全力で書きました。魂で書いた心の中の戦争遺産を、どうか読んで、なにかを感じていただけたら嬉しいです。

  


村上しいこ(むらかみ・しいこ)
三重県生まれ。『かめきちのおまかせ自由研究』で日本児童文学者協会新人賞受賞。『れいぞうこのなつやすみ』でひろすけ童話賞受賞。『うたうとは小さないのちひろいあげ』で野間児童文芸賞受賞。『なりたいわたし』で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞受賞。その他の著書に『25歳のみけちゃん』、『死にたい、ですか』、『みけちゃん永遠物語』、『あえてよかった』ほか。

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海は忘れない

『海は忘れない』
著/村上しいこ

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