採れたて本!【デビュー#31】

採れたて本!【デビュー#31】

 主人公の大月ひらりは、大学を昨年卒業し、母の生まれ故郷である豊穂市の市役所で働く新米公務員。就職を機に豊穂市に転居し、母の実家で暮らしはじめた。母方の祖父母の死後、無人だった家は母が管理していたが、その母もひらりが大学2年のときに世を去ったため、ひらりは広すぎる家にひとりで住み、就職祝いに父親に買ってもらった軽自動車で毎朝20分かけて市役所に出勤している。

 ……と、リアルな地方公務員お仕事小説風に始まる明里桜良のデビュー長編『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』は、「日本ファンタジーノベル大賞2025」受賞作。

 ひらりの配属先は〈すぐやる課〉の〈維持管理グループ〉。仕事柄、年配の地元住民と話をする機会も多いが、〝〈ナカヤシキ〉の子〟として値踏みするような目で見られることがある。〈ナカヤシキ〉とは、母の実家の屋号。先祖代々、人間の力ではどうにもならない困りごとがあったとき、住民の声を聞いて、天狗に願掛けするという特殊な役割を担ってきた家系だったらしい。

 物語の発端は、5歳の男の子が山で行方不明になるという事件。事情を聞いて「こりゃあ神隠しだわ」とつぶやいた地元の老人から、「あんた、〈ナカヤシキ〉の子だったな。今すぐ天狗に願掛けしておいで」と言われるひらりだが、なんのことかさっぱり意味がわからない。しかし、山の麓でカフェを営む〝ものすごく濃ゆい顔をした〟店主の飯野さんに、「一緒に探していただけませんか」と声を掛けたことから、ひらりと天狗の奇妙な関係が始まる。

 二人の間をとりもつのは、高級日本酒に目がない喋るアナグマの〝よるざぶろうさん〟。喋るタヌキやコノハズク、さらには神様まで登場し、コミカルなご近所ファンタジーをくりひろげる。

 森見作品で言えば『有頂天家族』、ジブリ映画で言えば『となりのトトロ』や『平成たぬき合戦ぽんぽこ』、『借りぐらしのアリエッティ』なんかの系列。エブリデイマジック型のファンタジーに、駆け出しの地方公務員を組み合わせたところがポイントか。

「人によって違う対応をしないように役所は徹底しなくてはいけない」「担当者によって不公平が生じることは絶対にあってはならない」と先輩や上司に叩き込まれてきたひらりは、困っている人々にかわって天狗に願掛けするという役割を自分が引き受けるべきかどうか、まじめに考えざるを得ない。

 もっとも、恩田陸が選評で「ヒロインの今ふうの、淡々とした気負わないところがいい」と書くとおり、ひらりの悩みが過度に深刻に描かれることはない。ある意味それは職業倫理的な(いたって現実的な)悩みであり、いたって現実的に解決されることになる。

 地方公務員お仕事小説と天狗ファンタジーをうまく掛け合わせた、まっすぐで楽しい長編だ。

ひらりと天狗 神棲まう里の物語
『ひらりと天狗 神棲まう里の物語

明里桜良
新潮社

評者=大森 望 

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