河﨑秋子『愚か者の石』◆熱血新刊インタビュー◆

簡単な感想で終わらせたくない

河﨑秋子『愚か者の石』◆熱血新刊インタビュー◆
 巨大熊と戦う猟師の人生を綴った『ともぐい』で第170回直木賞を受賞した河﨑秋子さん。受賞後第一作となる『愚か者の石』は、北海道出身の著者だから書けた異色の監獄小説だ。
取材・文=吉田大助 撮影=小倉雄一郎(小学館)

 2015年のデビュー作『颶風の王』を皮切りに、河﨑秋子は故郷である北海道の開拓期を舞台とする作品を数多く手がけてきた。今もかの地に在住し健筆を振るう作家が、最新長編で監獄小説に挑戦したのは必然だったのかもしれない。

「北海道の歴史を紐解いていった時に、囚人は欠かせない存在です。北海道に住んでいると、〝ここの幹線道路は囚人が作った〟という話が日常会話で出てくるんですよ」

 明治政府の方針により、集治監(国立刑務所)に全国から集められた囚人が北海道開拓の担い手となっていたのだ。

「小説の冒頭で当時内務卿(内務省長官)だった山縣有朋の言葉を引いているんですが、引用した文章以外の資料にも〝北海道開拓は困難な事業なので、家族もいる一般の男性を投じて大変な思いをさせるよりは、囚人を使い潰してしまえば問題ない〟という非情な言葉が連なっています。北海道開拓の手が足りなかったがために、今だったら〝反省しなさいよ〟ぐらいの実刑にしかならない政治犯も、殺人犯、極悪犯と一緒のところに押し込められて長期間の労役をさせられていたんです」

 当時の資料を読み込んでいく過程で、監獄小説と聞いてイメージされる「脱獄」や「暴動」といった派手な展開は控えよう、と判断をくだしたという。

「若干の謎解き要素は盛り込んでいるんですが、人間ドラマにするという方向性は最初から決めていました。資料を読むうちに、囚人たちの生活の大変さはもちろん、過酷な状況の中でもなんとかして希望を見出していたという点に惹きつけられたんですね。そういった小さな希望を拾い上げていくには、エンターテインメントに振り切るよりも、日常を丁寧に積み重ねていく書き方がふさわしいと思ったんです」

腹にはたまらないけれど希望となるもの

 物語は明治18年の初夏、21歳の瀬戸内巽が北海道の樺戸集治監に収監される場面から幕を開ける。巽はかつて東京大学に籍を置き、郷里には婚約者もいた。しかし、政治団体との関わりについて密告され逮捕、国事犯として徒刑13年の判決を受けた。一目で囚人であることがわかる囚人服を着た巽は、5人部屋の雑居房で絶望を嚙み締める。〈罪を贖うのか、俺は、これから、ここで〉〈犯した覚えのない罪など、そもそも贖いようがないではないか〉。

 不条理な状況に叩き込まれ、荒野を開墾する労役に従事する巽の心情描写とともに、五感描写が濃厚に綴られていくのが河﨑節だ。

「汗でドロドロになる力仕事をさせられるんだけども、風呂に入るのは夏場でも5日に1度という決まりだったそうです。相当臭うんだろうな、その臭いもまたつらいだろうなと想像しながら書いていきました。冬ともなれば、極寒の地ですから寒いし痛い。そういった五感のフックで物語に引きずり込むことができれば、明治の囚人という令和の人からは掛け離れた立場にいる人々のことも、我が事のように読んでいただけるのではと思いました」

 物語の中盤、釧路集治監に移送されてからの日々は、なお酷い。戦争で使う火薬を作るための硫黄採掘は、多くの囚人の命を奪ったのだ。

「北海道の温泉地と言えば登別が有名ですが、〝地獄谷〟という名前が付いているくらいで、硫黄泉の源泉が湧き出る場所は地獄ですし、毒です。亜硫酸ガスで、人がバタバタ死んでいるんですよ。釧路の硫黄山も全く同じで、私も学校の社会科見学で見に行ったことがあるんですが、黄色い奇妙な山があり、植物の種類もごく限られている。奇観と呼ぶにふさわしい景色は物珍しかったものの、本能として、ずっとここにいたら体に悪い影響があるなと感じたのをよく覚えています」

 文字通り「地獄」の日々なのだ。そんななかで、巽にとって支えとなったのは、たまたま同房となり労役でペアを組むことになった〈二人殺しで無期徒刑〉の極悪犯・山本大二郎だ。10歳ほど歳の離れた相棒の、胡散臭いながらもチャーミングな人柄が、巽をはじめ囚人たちの命綱として機能する。

「監獄からは十数年後にしか出られない、そもそもここに自分がいることに納得できないという主人公に、相棒を作ってあげたかったんです。ヒントにしたのは、北海道ではないんですが、北九州の炭鉱にいた〝スカブラ〟という人たちの存在でした。周りのみんなは肉体労働を強いられて大変な思いをしているんだけれども、スカブラはまともに働かずウソとかほら話ばっかりしているそうなんですね。でも、その話によって周りはなんとなく気がラクになったり、現場の士気が上がったりしていたというんです。監獄にも同じような人がいたら、救いになるだろうなと思いました」

 そして、大二郎の存在こそが、本作における「謎」となる。

「大二郎は何者なのか、ということは私にとっても謎でした。この人は何をやらかしてここへ来て、何があったからこういった言動を取るようになったんだろうか。〝どんな秘密を抱えているんだろう?〟と考えながら小説を書き進めていったんです」

 謎や秘密の発生源となるのは、大二郎が肌身離さず持っている水晶だ。

「囚人の状況を考えると、石を普通に持ち歩くことはできません。看守の目を搔い潜るためには、何回も飲み込んでは出して飲み込んで出し、とやる必要があるんですよね。あの石は〝腹にはたまらないけれど希望となるもの〟の象徴として書いているんですけれども、頭の片隅に〝でもこれ、何回も排泄されているんだよね〟とツッコんでしまう自分がいる(笑)。冷静になっちゃいけないぞ、と自戒しました」

人は犯した罪を贖えるものなのか

 巽の他にもう一人、中田末吉という看守を視点人物に据えたことが、物語に広がりを与えることとなった。

「看守の人たちも、檻の中でこそありませんが、人里離れた監獄の中で暮らしているのは囚人と一緒なんです。中田が言うように、自分たちと囚人はほとんど何も変わらないのかもしれない。そういう視点を取り入れることで、読んでくださった方が明治の囚人たちとの間に隔たりを感じるのではなく、グラデーションで繫がっていると感じてもらえるのではないかと考えました」

 中田は囚人たちと、ただ単に対立する存在ではない。時に囚人たちとも心を通わせ合う。

「囚人たちが看守にやり返して〝ざまぁ〟みたいな展開は、私向きではないなと思っていました。それぞれに大変な思いをしている中で、個と個がぶつかり合って、それでもどうやって一緒に生きていくかを探っていくほうが、自分には向いていると思ったんです」

 もしかすると、作家らしさが最も出ているのは終盤の展開かもしれない。監獄小説では「出所」がカタルシスとなり、クライマックスをなすのが通例だが、本作はそこから先が長いのだ。シャバに出た巽の人生航路とともに、大二郎、中田との特殊な関係性が描かれていく。

「巽が仮放免で監獄を出て札幌へ流れ着き、自分の地盤を少しずつ築いていく姿は書いていて楽しかったところです。その延長線上で終わるやり方もあったと思うんですけれども、苦いものを最後に味わわせたくなってしまったんですよね。そこに中田が絡んでくることで、苦味が複雑さを増していく」

 小説を書き進めながら、この物語が令和の世に送り出されることの意義を、常に考え続けていたと言う。

「人は犯した罪を贖えるものなのかという問題は、今回の作品に限らず自分の中で解決できない問題としてあります。実家が畜産業を営んでいて私自身も携わったことがあり、食べるために動物を育てる人間の原罪、業というものも考えずにはいられないんです。なおかつ、法による裁きというものをどういうふうに捉えるべきなのか。例えば公平と公正と平等って、まったく違うじゃないですか。昔の資料を見ていると、何が正しくて何が悪とされるのかは、時代や社会によってものすごく揺らぐものなんだと感じます。そうした揺らぎや人間社会が抱えているさまざまな矛盾を、時代は遠く離れているけれども今の私たちとどこかで繫がっている人々の物語を通して炙り出したいし、突き付けたい。書き手のエゴとして、簡単な感想で終わらせてたまるかよと思っているんですよ。せっかくこの本を手に取って読んでくれた方に、何かを残させてもらうよ、と」


愚か者の石

小学館

明治18年初夏、瀬戸内巽は国事犯として徒刑13年の判決を受け、北海道の樺戸集治監に収監された。同房の山本大二郎は、女の話や食い物の話など囚人の欲望を膨らませる、夢のような法螺ばかり吹く男だった。明治19年春、巽は硫黄採掘に従事するため相棒の大二郎とともに道東・標茶の釧路集治監へ移送されることになった。その道中で一行は四月の吹雪に遭遇する。生き延びたのは看守の中田、大二郎、巽の三人だけだった。無数の同胞を葬りながら続いた硫黄山での苦役は二年におよんだ。目を悪くしたこともあり、樺戸に戻ってきてから精彩を欠いていた大二郎は、明治22年1月末、収監されていた屏禁室の火事とともに、姿を消す。明治30年に仮放免となった巽は、大二郎の行方を、再会した看守の中田と探すことになる。山本大二郎は、かつて幼子二人を殺めていた。


河﨑秋子(かわさき・あきこ)
1979年北海道別海町生まれ。2012年「東陬遺事」で第46回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)、14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞、15年同作でJRA賞馬事文化賞、19年『肉弾』で第21回大藪春彦賞、20年『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞を受賞。24年『ともぐい』で、第170回直木三十五賞を受賞。


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