▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 池田克彦「運命の人」

「超短編!大どんでん返し」第9話

 大人の恋チャンネルでは、ショートドラマ化した本作をご覧いただけます(本日7月12日 17時公開)。小説とあわせてお楽しみください!


  

 十年会っていなくても、彼女と結ばれることは分かっていた。

  

 裕美さんとは、大学を中退した直後にファミレスのバイトで知り合った。彼女は五つ年上の正社員。将来を見失い、不貞腐れていた当時の俺を救ってくれたのは、彼女の笑顔だった。

  

 ミスをしても謝ることが出来ず、反抗的な態度すら取っていた俺に、「その負けず嫌い、いいよね」と向けてくれた屈託のない笑顔。その笑顔に俺は溶かされ、いつしか笑顔にさせられていた。そして彼女は、人生に対して肩肘を張り続けていた俺の唯一の癒しになっていった。

  

 夢を追いかけて医学部を目指すことを決意し、徹底的に受験勉強をしながらアルバイトをする毎日。そんな中でも彼女への想いは膨らみ続けた。そして合格通知を手にした日、思い切ってデートに誘った。

「実は私も医者になりたかったの」

 そう打ち明けた彼女は、泣き出さんばかりに俺の合格を祝福してくれた。そして告白しようとした俺に、先日婚約したことを恥ずかしそうに告げたのだった。何も出来なかった。俺はまだ子供だった。

  

 あれから十年が経ち、再会の舞台となった池袋のスペインバルにわざと遅れて到着した。俺は二十九歳で、医者になっていた。胸を張って言える。俺は圧倒的に努力した。自分自身を取り戻し、人生の主人公となってこの社会を歩いている。

 彼女は三十四歳で主婦。久々に見た彼女は、当時の無邪気さを残しながら、大人の色気を纏っていた。俺はその姿に満足した。

 

 結婚を告げられてからも、彼女を忘れたことはなかった。敢えて間隔を空けて送り続けたLINE。すぐに返信が来ることもあったし、数ヶ月音信不通になることもあった。彼女は夫婦生活を大事にしていたし、一方でその生活に満足しているわけではないことも伝わってきた。

  

 もちろん俺も今まで何人もの女性と交際した。むしろ猛烈にモテた。

 当たり前だ。名門医学部出身の外科医で、容姿も徹底的に磨き上げた。ひと通りの遊びの中でタレントやモデルとの出会いもあったが、心の片隅に裕美さんのことがずっとあった。

  

 連絡が途切れそうになることもあったが、それでもつながりを信じていた。

 若き医者と五歳年上の専業主婦。側から見たらあまりに不釣り合いに見えるだろう。だが俺の運命の人は裕美さん以外にはいないと確信していた。他の女は全て脇役で、俺の隣にいる資格があるヒロインは彼女だけだから。

  

 十年の空白を感じないほど会話は弾んだ。四ツ谷に住んでいること。子供はいないこと。不定期のLINEの交換が嬉しかったこと。ちょうど寂しい時にいつも連絡が来て驚いていたこと。ころころと変わる表情と笑顔に、俺は言いようがなく胸が締め付けられた。

  

 彼女は、しきりに携帯を気にしていた。帰宅時間を意識しているようだった。

 それでも俺はレモンサワーを二杯追加し、彼女も少し饒舌になった。旦那はいつも定時で帰ってくること。今日は女友達との飲み会だと噓をついたこと。俺と一緒に働いていた頃の楽しさと相性の良さに、その当時は気づけなかったこと。あの時は若かったこと。

  

 そこで携帯が鳴り、彼女は席を立った。

 戻ってきた彼女に、「大丈夫?」と尋ねると「ありがとう。でもまだ大丈夫」と答えたが、少し落ち着きがなくなっているように見えた。

  

「旦那さんより、俺の方が裕美さんを幸せに出来ます」

 慇懃かつ大胆に、俺は彼女を口説いた。

 彼女は戸惑い、それでも迷っているようだった。

 今日中には四ツ谷の家に帰さなければいけない。ここが勝負所だった。

「俺とじゃんけんしてください。負けた方が、相手の願い事をひとつ聞く」

 何それ、と笑う彼女に畳み掛けた。

「俺が勝ったら、今からホテルに行って下さい」

 彼女から笑顔が消える。

 絶対に大丈夫。今や俺は人生の主人公になっている。

  

「じゃー……んけーん……」

「ぽん」

  

 グーとチョキ。

 彼女がグーだった。

 まさか。

「じゃあ……帰りましょうか」

 と帰宅を促し、俺は駅に向けて歩き出した。

  

 その時、腕を摑まれた。

 振り返ると、彼女はキスをしてきた。

 負けてもこうなると分かっていた。二重の罠。

 当たり前だ。俺は主人公で、ヒロインは彼女しかいない。

 運命の人なのだから。

  

 それからの出来事を俺は忘れないだろう。「旦那さんには負けないんで」そんな戯言を言いながら、彼女と求め合った。旦那なんか眼中にもなかった。

 運命の二人が結ばれた瞬間は、あまりに甘美で、でもどこか呆気なかった。

 十年間会っていなくても、俺は彼女と結ばれることは分かっていたからだ。この世界で、俺と彼女以外は全て脇役だった。

  

 帰路を急ぐ彼女とハグをし、またすぐ連絡しますと伝えた。

 俺は彼女のぬくもりを感じながらLINEを送り、そのまま心地よい眠りについた。

  

 タクシーに乗った裕美は、急ぎ電話をかけていた。

「飲み会どんな感じ? いい男いるの、マジ? もうすぐ着くから待ってて! 大丈夫だって、遅れても笑ってればいいんだから」

 屈託のない笑顔で話す彼女に、通知が届く。

「え、今日会った昔の男? あーちょっと期待したんだけど、変に奥手だし下手だし微妙だったわ」

 そう言って電話を切ると、宛名を確認し、未読のままブロックした。

  

 私の人生の主人公は私。

 あの男は、ただの脇役に過ぎない。

  


池田克彦(いけだ・かつひこ)
監督、プロデューサー、脚本家。連続ドラマ「ANIMALS-アニマルズ-」「ブラックシンデレラ」「私が獣になった夜」や、恋愛番組「GIRL or LADY」「さよならプロポーズ」等を企画・プロデュースするほか、映画「凜-りん-」、YouTubeドラマ「世田谷ベランダの恋」等で監督を務める。2023年、縦型ショートドラマを配信する「大人の恋チャンネル」を開設。★ドラマ版「運命の人」配信中!(7月12日17時より)

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