新刊『リングサイド』収録▷「ばあちゃんのエメラルド」まるごとためし読み!

新刊『リングサイド』収録▷「ばあちゃんのエメラルド」まるごとためし読み!

 事情をよくわかっていないマスコミは、ほら、ゴシップばっかり追いかけてる台湾のマスコミもさ、事故の責任を全部レイに押し付けたよ。結局、この試合で大手メディアが唯一名前を知っている選手だったからな。

 しばらくしたら、彼の死因が伝わってきた。はじめに動きを誤ってリングの硬いエプロンに首を打ち付け、むち打ちになってしまった。そしてセカンドロープに勢いよく倒れ掛かった際に、ひっかかった場所が悪くて窒息状態になってしまったと。

 掲示板のみんなは、メディアがレイを責めるような報道をしたことに大いに不満だった。救急処置が遅れた理由については、さっき言ったよな。プロレスのことを知らないネット民は、報道を見て、死人が出ているのに試合を続けるなんて非人道的だとか何とか騒いでいた。

 世界中どこのプロレスでも、選手は練習を始めたその日から、いかなる状況においても、相手の技をしっかり受け止められるよう訓練する。プロレスの試合は途中で止めることはできないし、もう一度やり直すこともできない。動きを一つ間違ったら、すぐにもっとうまい動きを繋げて挽回する。相手が怪我したら、すぐに攻撃方法を変えて、できるだけ観客に気づかれないように、すみやかに試合を終結させる。

 ほら、また俺が一番我慢できない批判が来た。毎回これを読むたびに、俺は心から、プロレスが最初から最後まで全部芝居だったら良かったのにって思うよ。そうだったら、死や事故だって、〝芝居〟で済ませられるだろう。

 その後、この話題の続報を伝えるメディアは、ごく少数だった。ペロ・アグアヨ・ジュニアの葬儀では、棺を担ぐ隊列にレイ・ミステリオの姿があった。遺族の態度を見れば、レイに対する、あるいはプロレスに対する部外者たちの批判が、的外れなものだってわかるだろう。

 誰かが掲示板で、著名なレスラーMVP(Montel Vontavious Porter)がペロに宛てて書いた追悼文をシェアした。

俺たちは、明日が来るのが当たり前だと思っている。
朝、車で会社に行って仕事をして家に帰る。当たり前だ。そうだな?
プロレスラーとしてリングに上がることは危険なことだと、俺たちはわかっている。
そして事故をできるだけ減らそうと努力している。
──だけど、永遠に危険は存在するんだ。
「死をも恐れない」というのは、プロレスについて語るときによく使われる言い回しだ。だが、それはごく一部の傑出した選手がそう見せているに過ぎない。

あなたの人生で一番大切な人に「愛している」と伝えてほしい。
ふだん忙しくて話をしていない人にも電話をかけるんだ。
人生の旅路でそれをやり遂げる時間はあまり残されていない。
明日が必ずやってくると保証されている人なんかいないんだ。
親愛なる兄弟姉妹よ、今夜、俺たちは一緒に祈りを捧げ、乾杯して、やり残したことをやりに行こうぜ。

もし俺が突然逝くことになったら、別れを言う暇はないだろう。
俺は自分が素晴らしい人生を送ったことを知っている。
映画みたいな生活だった。素晴らしい旅だったぜ。
ペロ・アグアヨ・ジュニアに乾杯。俺たちのリングにも乾杯だ。

 
「おまえの彼女だけどね、次はうちで晩ご飯食べてもらいな。ばあちゃんがうまいもの作ってやるから」

 俺はまた、夜のプロレスの時間から逃げようとしたが、うっかり捕まって、ばあちゃんの小部屋に連れ込まれた。

 
「どうして最近ミサワの試合に興味がないんだい?」ばあちゃんがとうとう俺に聞いた。

「ばあちゃん、俺、このことをばあちゃんに言うべきかどうか、わからない」

「何のことだい? ばあちゃんに言えないことなんてあるのかい?」ばあちゃんは俺の耳を引っ張った。

 
 俺は深く息を吸った。

 
「ミサワはもう、何年も、──何年も前に死んでるんだ!」俺は大声で言った。

「おや」

 来福が俺の大声に驚いて、ワンワンワンと激しく吠えたてた。

 ばあちゃんは振り返って、夜寝るときにテレビにかけている花柄の布をめくりあげた。

 そしていつもの場所に座ると、手を伸ばして傍の毛布の下をごそごそ探り、リモコンを取り出した。

 
「おまえのじいちゃんは今どこにいるかね?」ばあちゃんが聞いた。

 俺は茶の間の神棚の方を見た。

「夕飯の後にお香あげたかね?」

「うん」

「バカ孫、ミサワも同じだよ。テレビの中にいるのさ」

 
 ばあちゃんがテレビをつけた。来福がばあちゃんの足もとにうずくまった。尻尾が、音楽に合わせてふるふると揺れている。三沢光晴のテーマ曲が鳴り響く。イントロ部分のピアノソロのスローな旋律。

 
 だからさ、今度うちに来て、ばあちゃんと一緒にめしを食ってくれよ。

 

 

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リングサイド

『リングサイド』
著/林 育徳 訳/三浦裕子


 
林 育徳(リン・ユゥダー)
1988年台湾・花蓮生まれ。プロレスファン。花蓮高校卒業後3つの大学を転々とし、6年かけて卒業。東華大学華文文学研究所(大学院)で、呉明益氏に師事。中学時代から詩作を中心に創作活動を展開し、全国学生文学賞、中央大学金筆賞、東華大学文学賞、花蓮文学賞、海洋文学賞など受賞歴多数。『リングサイド』収録の短編《阿的綠寶石》(ばあちゃんのエメラルド)で、2016年第18回台北文学賞小説部門大賞受賞。『リングサイド』(原題:擂台旁邊)は大学院の卒業制作。現在も花蓮在住。

 
三浦裕子(みうら・ゆうこ)
仙台生まれ。早稲田大学第一文学部人文専修卒業。出版社にて雑誌編集、国際版権業務に従事した後、2018年より台湾・香港の本を日本に紹介するユニット「太台本屋 tai-tai books」に参加。版権コーディネートのほか、本まわり、映画まわりの翻訳、記事執筆等をおこなう。

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