『存在のすべてを』塩田武士/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

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「真実」と向き合う


 塩田さんの代表作と言えば『罪の声』を思い出される読者も多いでしょう。「誘拐」という同じ題材を扱う本書は、書き手にとって目の前にそびえる「代表作」という高い壁を越えることが最初から課せられた、大きな挑戦であったはずです。

 その意味で物語の冒頭に置かれた「二児同時誘拐」は読者を引きつけて離さない大きなフックとなっています。犯行の目的と動機、被害児童の行方、そして事件の結末――ふつうのエンターテインメント小説であれば、新たな趣向の誘拐ミステリーとして、この着想だけでも十分に読み応えのある作品となったはずです。しかし塩田さんは「誘拐」の先に、「写実絵画」と「家族」という、さらに深く大きなモチーフを用意していました。

 写実絵画は対象を忠実に描くことだけを目的としていません。対象を見つめるなかで世界と向き合い、画家というフィルターを通して世界そのものを絵として現前させるものです。『存在のすべてを』というタイトルと作品から受け取る感動の深さは、写実絵画の本質に迫るべく数多の絵画に触れ、大量の資料と向き合ってこられた塩田さんの思索のすべてと、本作の装画として作品を提供してくださった日本を代表する写実画家の野田弘志さんとの出会いがなければ生まれなかったと言っていいでしょう。

 客観的な「事実」に支えられたリアリティだけでなく、作り手のフィルターを通してものごとの「真実」に迫ろうとする営為は、小説を書くこととも重なります。もう一つの重要なモチーフである「家族」のかたちは、塩田さんが小説にしかできない「真実」のあり方を示す大きな達成として、新たな代表作であることを証明しています。作中に描かれる「家族」の「真実」については、実際に読んで確かめていただくしかありません。その展開に心動かされない読者はいないはずです。

『存在のすべてを』は昨年5月に休刊した週刊朝日に連載された最後の長編連載小説です。わたしは週刊朝日の文芸担当デスクとして連載に関わり、前任者から引き継いで、昨年末に塩田さんの書籍担当となりました。本屋大賞にノミネートされたのは担当となった直後で、この喜びを著者と分かち合えたことは僥倖以外のなにものでもありませんでした。

──朝日新聞出版 書籍編集部 池谷真吾


2024年本屋大賞ノミネート

存在のすべてを

『存在のすべてを』
著/塩田武士
朝日新聞出版
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