◉話題作、読んで観る?◉ 第36回「騙し絵の牙」
3月26日(金)より全国公開
映画オフィシャルサイト
映画『罪の声』が好評だった作家・塩田武士が俳優・大泉洋をイメージして執筆したミステリー小説を、『桐島、部活やめるってよ』『紙の月』を手掛けた吉田大八監督が大胆な脚色を加えて映画化。ネット文化の台頭によって売り上げが伸び悩む出版業界を舞台に、さまざまな雑誌を渡り歩いてきた口八丁な編集者が、奇想天外なアイデアで起死回生を図る。
大手出版社の創業一族の社長が急逝したところから物語は始まる。次期社長の座をめぐり、改革を進める営業担当の専務・東松(佐藤浩市)と文芸畑出身の保守的な常務・宮藤(佐野史郎)との間で権力争いが勃発。雑誌編集者たちは廃刊の危機に怯えていた。
そんな中、カルチャー誌の新任編集長・速水(大泉洋)は誌面の大幅リニューアルを断行。文芸誌から新人編集者の高野(松岡茉優)を引き抜き、イケメン新人作家(宮沢氷魚)の小説連載を鳴り物入りでスタートさせるなど、出版界の常識にとらわれない新企画を次々とスタートさせる。トラブルさえも速水は起爆剤に変え、カルチャー誌の売り上げを伸ばしていく。
速水の行動原理がユニークだ。すべて「面白いかどうか」を判断基準にして、動いている。大手出版社としてのブランド力や過去のデータに頼らず、予測できない状況を速水自身が面白がり、作家や上司も含め、周囲をどんどん巻き込んでいく。相手の考えの二手三手先を読む、抜け目ない性格の速水だが、憎めない魅力の持ち主でもある。速水に振り回され続け、迷惑顔だった部下の高野も、次第にリスクのある企画に挑むスリルさを楽しむように変わっていく。大泉洋、松岡茉優らのキャスティングがぴたりとハマった。
吉田監督のこれまでのヒット作と同様に、今回も原作とは大きく異なる展開が待っている。速水の私生活は映画ではいっさい描かれず、その分だけ速水という男の奇妙さが増した。雑誌を大人の玩具として、速水は存分に遊び倒してみせる。また、小説の目利きに優れた高野の出番が増え、編集者としての成長ぶりが頼もしい。最後に待っている大どんでん返しまで、目が離せない。彼らのような編集者が増えれば、出版界はまだまだ面白くなるに違いない。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2021年4月号掲載〉