週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.151 精文館書店中島新町店 久田かおりさん
「カフネ」というポルトガル語を一言で表す日本語はないらしい。いったいどういう意味なんだろう、なんだかオシャレなカフェの名前みたいだな、なんて思っていたら作中に〝「愛する人の髪にそっと指を通すしぐさ」を表す〟と書かれていた。知らない言葉なのに、すっと心にしみ込んでくる。そう、この不思議に優しい響きを持つタイトルは思いもしなかったラストへと私たちを連れて行ってくれる懸け橋となり、どんどん変化していく「愛する人」や、その人への思いを心と身体に満たしていってくれるのだ。
真面目で努力家だが不妊治療に固執するあまり夫に離婚された法務局勤務の薫子と、突然死した薫子の最愛の弟、春彦の元恋人、せつな。ひとまわり年下で無愛想極まりないせつなと、薫子はひょんなことから週末家事代行ボランティアでコンビを組むことになる。いろんな事情を抱えた家庭に赴き、掃除と調理を行っていく中でそれぞれの持つ問題と向き合っていく二人……というのが簡単なあらすじなのだけど、そんなすじからは想像できないくらいの重さと深さに満ちている。
幼いころ、親に愛されることを望まない子どもはいないだろう。優しく抱きしめられたい、愛おしそうに見つめられたい、いや、ただただそばにいて欲しい。それだけを望み続ける。中には、そのために本当の自分を偽り、思いを殺し親の望む自分であり続けようとする子どももいる。それはいつか呪いとなり鎧となって心を縛り続けていく。苦しくても弱音を吐けない、助けてと手を伸ばせない、薫子とせつなはそういう意味で似た者同士だったのかもしれない。
自分が言えなかった助けて欲しいという声を聞き、自分は伸ばせなかった誰かの手をつかんで離さないための力。それがいつか自分自身が救われることにつながっていく。誰かを助けることは、誰かに助けてもらってもいいんだということを自分自身が受け入れることでもあるのだ。薫子とせつなが本当に欲しかったもの。それは「今、ここにあなたがいてくれて私はうれしい」というまっすぐな思いだったのだろう。
絶望という暗闇の中にいても心臓は動き、お腹は空く。そんな自分を生かすための食事。生きていくために、今日よりも明日元気な自分であるために食べるもの。その大切さを二人はお互いに与え合っていく。
そして薫子が探していた弟の死の真相と、彼の本当の姿が二人にもたらす新しい道。
読みながら何度も涙の波に溺れそうになる。こらえきれず本を閉じ、涙をぬぐい波を鎮めてまた読む。薫子が、せつなが、春彦が愛おしくて愛おしくて。いつかどこかで彼らに会えたら、ぎゅっと抱きしめてその髪を愛おしく梳いてあげたい。
大丈夫、一緒に生きよう、一緒に食べよう、と言ってあげたい。
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原田ひ香の小説には「リアル」がある。お金とごはん、人が生きていくうえで欠くことのできないその二つを、大げさでない等身大のリアルで描く。定食屋「雑」で働く沙也加の離婚問題も、みさえの「雑」の経営もありがちないい話には収まらない。そこが原田ひ香の良さだろう。とりあえず今夜、雑っぽく、すき焼きのたれで煮魚を作ってみようかね。
久田かおり(ひさだ・かおり)
「着いたところが目的地」がモットーの名古屋の迷子書店員です。