思い出の味 ◈ 阿部暁子

第43回

「自販機のおしるこ」

思い出の味 ◈ 阿部暁子

 普段はあまり自販機を利用しないのだけれど、寒くなってきて自販機に赤マークの温かい飲み物が登場すると、ついつい買ってしまうものがある。

 昭和っぽいデザインの缶に『おしるこ』と独特の味のある筆書きフォントで描かれた、あんこの粒入りの、でもお餅は入ってない、アレだ。

 高校生の頃、部活(吹奏楽部でトランペットを吹いていた)を終えて真っ暗なバス停でバスを待つ間、古い自販機でよくこの『おしるこ』を買って飲んだ。吹きさらしのバス停は冬には足踏みをやめられないほど寒かった。それに部活のあとはいつも腹ペコだったから、温かくて甘い缶入りのおしるこはジワーッと体にしみてたまらなくおいしかった。

 高校の三年間でいったい何本のおしるこを飲んだのだろう。合奏で自分のパートを盛大にトチってしまって落ち込んだ一年生の冬には、涙目であったかいおしるこに慰めてもらったし、友達と秘密を打ち明け合うような深い話ができて静かに高揚した時も、乾杯するような気持ちで飲んだ。二年生の冬になり、進路選択や受験が現実味をもって圧し掛かってきたものの、未来のことなんてまだ何も見えなくて不安だった時も、勉強に追われる三年生の受験期に、小説家になりたいとはっきりと自覚した時も、おしるこの缶で手のひらを温めながら、暗いバス停で色々なことを考えた。

 あれからもう十年ではきかない月日が流れたけれど、今でも『おしるこ』を見かけるとついつい買ってしまう。懐かしさもあるし、今よりずっと不器用で苦しかった自分をひそかに支えてくれた存在に消えてほしくないからでもある。五年後にも、十年後にも、二十年後にも、この昭和っぽいデザインのまま、味のあるフォントのまま、ずっと自販機のかたすみにいてほしい。やさしい温かさで、ほっとする甘さで、変わらず冬の小さな楽しみであり続けてほしい。

 ただ、これは高校生の頃からずっと思っていたのだけれど、お餅入りに変わってくれるのは大歓迎だ。だって『おしるこ』だもの。

 

阿部暁子(あべ・あきこ)
岩手県出身、在住。2008年『いつまでも』(刊行時『屋上ボーイズ』に改題)で第17回ロマン大賞を受賞しデビュー。著書に「鎌倉香房メモリーズ」シリーズ、『どこよりも遠い場所にいる君へ』『パラ・スター』など。

〈「STORY BOX」2021年5月号掲載〉

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