青柳碧人『ナゾトキ・ジパング HANABI』

青柳碧人『ナゾトキ・ジパング HANABI』

夏の夜空に大輪が咲く


 花火に関して言えば、日本は最も啓蒙的で先進的な国です。(中略)他の国においてパレードで国旗が運ばれたり、政治集会でバンドが演奏したり、テープカットセレモニーにチアリーダーが登場したりするのと同じように、日本では花火が打ち上げられるのです。

 ――今回、作中で引用している、アメリカの花火研究家 George Plimpton 氏の『FIREWORKS』にある一節である。

 たしかに日本人は花火大会が好きだが、僕自身の花火大会の思い出はあっただろうかとふと考える。

 大学生時分、所属していたサークルのイベントで隅田川花火大会に行った。所用で遅れて参加したためサークル仲間はみんな酔っぱらっており、頭上数十メートルで大輪の花が咲いているのに目もくれず大騒ぎしていた。花火そのものより、潰れた巨漢の先輩を二次会会場まで必死に運び、途中で足を捻って数日苦しんだことのほうが記憶に残っている。

 フリーター時代、多摩川花火大会の警備のバイトをしたこともあった。河原の会場で盛り上がる観客たちを前に、立ち入り禁止区域の前に立って警戒するという仕事――当然、花火は背後で上がっているので見ることができない。花火が終われば観客を会場から追い出す仕事も待っている。あらかたの観客が去った後、岩に座って深刻そうにうつむいているカップルがいるので、気分でも悪いのかと近づいていくと、別れ話をしていた。

「申し訳ありませんが、会場を閉めますので、ご退出ください」

 そう告げた僕に「ああ、まじすか……」と寂しそうに答えた彼氏の声を、今でもはっきり思い出せる。

 そんな僕にとって、このたび初めてポジティブな「HANABI」の思い出となるのが本作の刊行だろう。何しろ、執筆のために関東随一の花火会社、丸玉屋小勝煙火店に取材に行けたのだから。花火の種類と作り方はもちろん、大会開催に関する法律的なこと、花火職人の事情、全国の花火店事情、海外での日本の花火の評価など、書籍では得ることのできない話をたくさん伺い、作品に反映させることができた。

 花火だけではなく、刀、寿司、怪談、鎌倉と、不思議の国ニッポンを語るうえで外せないトピックとうんちくを、これでもかと盛り込んだミステリ短編集。留学生ケビンとともに、この国の奇妙さと美しさに酔い、「What a Japanese!」と夜空に快哉を打ち上げてくれたら、幸いである。

 


青柳碧人(あおやぎ・あいと)
1980年千葉県生まれ。早稲田大学教育学部卒。2009年『浜村渚の計算ノート』で第3回「講談社 Birth」小説部門を受賞し、デビュー。2019年刊行の『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は多くの年間ミステリーランキングに入り、2020年本屋大賞にもノミネート。映画化された『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』のほか、『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』『クワトロ・フォルマッジ』『怪談青柳屋敷』など著書多数。

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ナゾトキ・ジパング HANABI

『ナゾトキ・ジパング HANABI』
著/青柳碧人

連載[担当編集者だけが知っている名作・作家秘話] 第22話 新井満さんと千の風
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