薬丸 岳『こうふくろう』× 染井為人『歌舞伎町ララバイ』刊行記念特別対談【前編】

同じ「劣等生作家」の匂いがした
──お二人の初対面はいつになるのでしょうか?
染井
今年の頭にあった日本推理作家協会(推協)のパーティーです。それまでは面識すらなかったのに、その会でたくさんお話しさせてもらいました。
薬丸
そうでしたね。最初は席も離れていたけど、僕が自分の周りが盛り上がり始めたので染井さんの隣に移動して、そこからずっと二人で喋ってたよね。
染井
僕ってわりと同業者には人見知りというか、お付き合いもほとんどなくて。それが薬丸さんみたいな大先輩とあんなふうに話せたのが、自分でもすごく意外でした。
実は僕の小説を読んでくれた読者からは「薬丸岳さんと作風が似てる」とか「同じ匂いがする」という感想をもらうことがあって、作品は何冊か勝手に読ませていただいてはいたんです。
薬丸
そうなんだ。じゃあ、あの時はもう読んでくれていたの?
染井
はい。でも僕と薬丸さんじゃキャリアも違うし、「こんなに一緒にいていいのか?」と思いつつ、「まあでも、いい人だし、このままでいっか」みたいな感じでしたね(笑)。

薬丸
お互い劣等生作家同士だから、そういう匂いがしたんじゃない?
染井
劣等生作家?
薬丸
確かあの時、ちらっと創作の話をしたんですよね。当時、僕は染井さんの作品をまだ読んでいない状態だったんだけど、お話を聞いていると、凄くもがきながら書いていらっしゃる方だなあという印象があって。
もがきながら、ジタバタしながら。そこが僕と同じだなあっていう(笑)。
染井
これは僕の勝手な印象ですけど、他の作家の方って小説を凄く楽しんで書かれているように見えるんですよ。なのに、なぜオレは苦しいんだろうって。特に推協のパーティーなんて、皆さん、自信満々な方ばっかりに見えるじゃないですか。もちろんご本人は「そんなことない」って言うんでしょうけど。
それでつい、薬丸さんに愚痴っちゃったわけです。「うわ、マジ、ヤバいです。オレだけカラーが違いますわ。この中にいたら」って。そしたら薬丸さんが「いやいや。僕もそうだよ」っていうから、「えー」って(笑)。
薬丸
いやいや。毎作毎作、これが最後かもと思って、なんとか絞り出しているだけです。
もし自分が今の若者だったら
──奇しくも『歌舞伎町ララバイ』も『こうふくろう』も、前者はトー横、後者は中池袋公園に集まる孤独な若者達の存在が、モチーフになっています。
染井
僕も拝読して驚きました。自分でも「なぜここまで?」と思ったくらい、物語上の目の付け所や全体に漂う空気感が、畏れ多くも似ているっていうか。
薬丸
おお。それは嬉しいなあ。
染井
「颯太」っていう名前が同じキャラクターまで登場するし。
薬丸
それは僕も驚いた。しかもどちらもかなり重要なキャラだし(笑)。

染井
僕がダークヒロイン的でスーパーな少女・七瀬を軸に物語を動かしたのに対して、薬丸さんはより等身大な人々を多視点で描いて物語を構築された。そこに違いはありますけど、若い人のコミュニティを描いたという点では共通していますよね。
薬丸
社会や時代に対するアンテナの立て方や拾い方が似てるっていうかな。もちろん作風はそれぞれ違っていて、『歌舞伎町ララバイ』はとにかく先が気になって読ませる痛快なエンターテインメントなんだけど、たぶん根っこは同じじゃないかな。トー横であったり、グリ下であったり、ああいった場所を中心とした世相みたいなものを描いてみたいという思いが、原点にあったんだと思う。
染井
そうですね。僕も今年で42になるんですけど、若い人のことって、どんどんわからなくなるじゃないですか。トー横キッズも昔で言う新人類みたいなもので、特にそういうちょっと道を逸れたような子が集まるコミュニティって危うさもあるし、魅力もあるし、その両方を描いてみたかった。
それに、若い人って純粋に書いてて楽しくないですか?
薬丸
うん。まあ僕の場合は若い人を実際に取材したわけではなく、あくまでニュースや何かで見聞きする中での想像なんですけどね。自分の若い頃を思い返しながら、もし今の時代だったらどうなのかなあっていう……。
染井
それは僕もよく考えます。もし今、自分が10代だったとしたら何が違うかなって考えると、やっぱり圧倒的に違うのはネットがあるかないかだと思う。
例えば物凄くキラキラした毎日を送る同級生のインスタを見て、病んじゃう子だっていると思うんですよ。隣の芝生が必要以上に青く見えちゃうっていうか。そんなふうに物事の見え方から何から、全然違ってくるんじゃないかって。
薬丸
確かに今は、高価なバッグを「私、持ってるわよ」って発信するツールがあるし、それをいろんな人が見て、比較しやすい環境がありますよね。
でもその画像をXやインスタにアップした人も、実は陰では無理をしていて、パパ活をしたり、ヘタしたら犯罪にまで手を染めて、それを買ったかもしれない。でもスマホの画面を見ているだけではそこまではわからないですよね。だから、人が持っているものを持っていないというだけで、劣等感や自罰感情を抱いてしまう。
発信するのが怖い時代
染井
誰かが彼氏とのツーショットをストーリーに上げたとか、フォロワー数は誰より誰が多いとか、そういったマウントの取り合いもあります。
薬丸
SNSのない時代なら、仮に同級生に彼氏ができて羨ましいとなっても、直接本人から話を聞いたりする分、裏側も見えやすかった気がする。彼氏がいたらいたでしんどいこともあるのかもって。それを自分の中できちんと消化して相手の事情を思いやったり、「意外と私だって幸せなのかも」と考え直したりする余地があったと思うんです。でも今は現象の一部を切り取った画像や数字だけがダイレクトにボーンときて、それだけですぐ判断しちゃう。
染井
そんなの、まやかしだと、気づける子はいいんです。でもまんまと囚われちゃう子も一定数いて、それはやっぱりかわいそうだなあとは思いますね。
薬丸
今って若い子に限らないけど、SNSしか見ないとか、ネットはこう言ってるとか、ひとつのものに頼り過ぎな気がするんです。
例えばテレビをつけて、ちらっとワイドショーを眺めるだけでも、闇バイトをやろうなんて思わないと思う。テレビや新聞や週刊誌や、いろんな情報に触れて、違う年代や立場の人と接していたら、別の考え方ができるんじゃないかなって。偏った人間関係や偏った情報の中だけで動く人が、今はすごく増えているような気がして……。

染井
情報が多すぎるせいもありますよね。コロナ禍もそうでした。最初に有識者達の言ったことが真実かと思いきや、そのあとに全然違う意見が出てきて、結局マスクはつけた方がいいの? ワクチンは? 外出は? って、何が本当かデマかもわからなくなる。しかも身近な人間の間でも意見が割れていたりするから、「うかつなことは言えないな」、みたいな空気感まであって。
薬丸
発信するのも、なかなか怖い時代かもね。
染井
怖いですよ。最近、ある作品のゲラに赤字が入ったんです。言いたいことも言えずにモジモジしている息子に母親が焦れて、「ハッキリ言いなさい、男の子でしょう」というセリフだったんですけど、そこに「これは差別表現にあたります」って。作者としてはそういう時代の、ありがちな母親の発言として書いたセリフが、今は差別になって炎上しかねない。
薬丸
僕は映画が好きなので、CSやBSで日本の古い映画なんかを見ていると、ピーピー、ピーピー、言うわけですよ。当時のセリフが今の放送コードに抵触するらしくて。でも、それって本当に正しいことなの? その時代時代が映り込んだ記録でもあるのに? とは、思ってしまう。
染井
小説って最後の砦って感じがしませんか。コンプライアンス的にはテレビや映画の方が厳しくて、ギリギリ許されているのが小説だと思ってきたけど、いよいよ、こっちまで来たかって。そもそもそのへんのグレーな事柄を書くのが小説だったりするのに、そこまで狩られたら、どうすればいいの? っていう。
薬丸
そのうち虚構の中ですら、人を殺せなくなるかもね。染井さんが指摘されたという「男の子」発言どころか、僕らが書く犯罪小説の方が、よっぽど問題があるって言われて。
薬丸 岳(やくまる・がく)
1969年兵庫県生まれ。2005年に『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。16年『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞、17年「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。著書は他に刑事・夏目信人シリーズ(『刑事のまなざし』『その鏡は噓をつく』等)や、『悪党』『友罪』『誓約』『告解』『刑事弁護人』『罪の境界』『最後の祈り』『籠の中のふたり』等。映像化作品も多数。
染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能マネージャー、演劇プロデューサー等を経て、2017年『悪い夏』で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。20年刊行の『正体』は22年に亀梨和也主演でドラマ化、24年に藤井道人監督、横浜流星主演で映画化され、日本アカデミー賞で最優秀監督賞と最優秀主演男優賞を獲得するなど話題に。城定秀夫監督、北村匠海主演の映画『悪い夏』も高い評価を得る。著書は他に『鎮魂』『滅茶苦茶』『黒い糸』『芸能界』等。