青柳碧人『ナゾトキ・ジパング』
ジパング誕生秘話
元号が令和に変わる少し前のこと。仕事場の本棚に並ぶエラリー・クイーンの「国名シリーズ」の背表紙を眺めていて、「旧国名シリーズ」というアイディアが浮かんだ。旧国名というのは、伊勢とか備中とか、かつて日本で使われていた、歴史の教科書で見るような地名。『ローマ帽子の謎』『フランス白粉の謎』のように、『伊勢えびの謎』『備中ぐわの謎』などとやっていけば、面白おかしいシリーズが書けるのではないか、と考えたのだった。
ただ、クイーンのイメージのない僕がやるのは気が引けたので、当時、平成のクイーンともてはやされていた青崎有吾氏に「こういうのやってよ」と勧めてみた。青崎氏はひとしきり笑ったあとで「青柳さんがやったほうが面白くなりますよ」と、気分のいい断り文句で、僕にアイディアを差し戻した。
令和二年の秋、小学館の編集者にここまでの一連のエピソードを話すと、「じゃあそれ、うちでやりましょう。読むと日本文化が好きになるって触れ込みで」ということになった。それならいっそ、探偵役は日本人より日本に詳しいアメリカ人にしよう。僕は意気込み、『薩摩いもの謎』というタイトルだけを決めて第一話を書きはじめた。
すぐに挫折した。
サツマイモに関する情報を絡めたミステリ――マニアックになりすぎ、かつ「日本文化が好きになる」というコンセプトからずれる。すでに編集部には「第二話は『越前くらげの謎』にします」と申し渡してあり、絶望に拍車がかかった。
書けない。こうなってしまったら、方法は一つしかない。
スクラップ・アンド・ビルド。
日本人より日本に詳しいアメリカ人、という設定だけ残し、舞台は大学に。桜、富士山、茶と、思いっきり日本っぽいテーマで書いていくことにした。それで生まれたのが、本作『ナゾトキ・ジパング』だ。
結果から見て振り返れば、これでよかったのだ! と胸を張って言える。留学生ケビンと世話役ヒデの関係性は気に入っているし、ヒロインっぽい理沙や、残念刑事・田中など脇を固めるキャラクターも生き生きと書けた。おりしも、インバウンド規制が緩和されつつあるタイミングでの刊行となり、日本内外の読者に手に取ってもらえる一冊になったと思うので、ぜひよろしくお願いします。
★追記★
旧国名シリーズ実現の夢は、まだ潰えてはいない。「令和のクイーン」が現れたら、また勧めてみるつもりだ。
青柳碧人(あおやぎ・あいと)
1980年、千葉県生まれ。早稲田大学教育学部卒。早稲田大学クイズ研究会OB。2009年『浜村渚の計算ノート』で第3回「講談社Birth」小説部門を受賞し、デビュー。『むかしむかしあるところに、死体がありました。』が2020年本屋大賞にノミネート。小説執筆だけでなく漫画原作も手がけている。主な著書に「浜村渚の計算ノート」「西川麻子は地理が好き。」「ブタカン!」「彩菊あやかし算法帖」「猫河原家の人びと」などのシリーズ、『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』『スカイツリーの花嫁花婿』『むかしむかしあるところに、死体がありました。』など。
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『ナゾトキ・ジパング』
著/青柳碧人