大前粟生『かもめジムの恋愛』

大前粟生『かもめジムの恋愛』

他人と出会うことで癒やされていくもの


 私には他人のことを、他人だというだけで怖いと思ってしまっていた時期が長くありました。理不尽に責められるんじゃないかと、怒られるんじゃないかと、どうしても思ってしまう。

 そういった不安から小説を書き始めた。もう10年も前、就職活動をしていた頃に、自分の殻に閉じこもるようにして。毎日のように短編小説を書いては、ただ自分がチェックするためだけにブログに投稿していた。おもしろい、と思うものを吐き出すことでしか自分の存在意義を確認できなかった。

 他人が怖いという思いはまだなくなっていない。ただ、少しずつ変化してきた。今の私にとっていちばん怖いのは、他人を拒絶した果てに、自分のことしか考えられなくなってしまうことだ。

 他人とかかわろうとしなければ、自分の感情を頼りに生きていくか、居心地のいいなにかに依存して生きていくことになる。それは、一見安心のように見えて、恐ろしいことだ。現代は、客観的な事実よりも個々人の感情の方が真実になる時代。自分の思う〝真実〟を拠り所に一生を終えることは難しくないだろう。でも、自分があてにするものが、誰かを傷つけるものだったらどうしよう? それでも自分にとっては真実なのだから、傷つけているとさえ思わず、むしろ、自分こそが傷ついていると、「自分は悪くない」と思ってしまうかもしれない。それって、悲しいことだ。そうならないために、他人とかかわるために、他人のことを考えるために小説を書いている。

『かもめジムの恋愛』には、性別も年齢もさまざまな人たちが登場する。好きな人の近く にいたくて転部した高校生の男性、推しに夢中になる30代の女性、亡き父が残した会員証に導かれるようにしてジムに入会した40代の男性、などなど。とりわけ、ジムでアルバイトをしている高校生の女性と、ジム利用客の75歳の男性の友情が描かれます。ふたりは、それぞれの恋愛模様を中心に、お互いを他者として、このコミュニケーション合ってる? 間違ってる? とゆっくりと距離を詰めていく。

 その葛藤や迷いを描くために、「ジム」といういろいろな人がいる場所を主な舞台に、「恋愛」という、酸いも甘いも揺らぎが訪れる心の状態を小説にしました。他人と出会うということを、目いっぱい肯定できるように。他人と出会う時の緊張や戸惑いは、ひとりよがりにならないためのケアなのかもしれないと、ささやかに信じるように。

 


大前粟生(おおまえ・あお)
1992年兵庫県生まれ。2016年「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANTA JAPAN with 早稲田文学」の公募プロジェクトにて最優秀作に選出され小説家デビュー。21年『おもろい以外いらんねん』が第38回織田作之助賞候補に。23年『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』が金子由里奈監督により映画化される。他の著書に『回転草』『きみだからさびしい』『チワワ・シンドローム』『ピン芸人、高崎犬彦』などがある。

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著/大前粟生

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